採用後3年以内の離職率を劇的に変える ─ DE&Iを「人材の受け止め力」に変える経営戦略
- 沙百合 山下
- 11月17日
- 読了時間: 9分
更新日:11月18日

少子高齢化が進む日本において、人材確保は待ったなしの経営課題です。しかし、どれだけ優秀な人材を採用しても、短期間で辞めてしまっては、採用にかかったコストも、その後の成長機会もすべてが「損失」となります。
本記事では、特に採用後3年以内の離職率に焦点を当て、この見えにくい危険信号を解消する鍵が、単なる人事施策ではないDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の推進、具体的には「多様性を受け止める組織文化(インクルージョン)」の構築にあることを、人事の視点から解説します。
【目次】
1. はじめに:離職率低下は待ったなしの経営課題
2. 「3年の壁」が示す組織の真実 ー1年目と3年目の離職理由の違い
3. 離職率低下にDE&Iが不可欠な3つの理由
4. DE&Iを「仕組み」に落とし込み、構造バイアスを排除する
5. いますぐ始める3つの実践アクション
6. おわりに:離職率を「組織進化のサイン」として捉える
参考文献
1. はじめにー離職率低下は待ったなしの経営課題
多くの日本企業が人材不足に直面する中、「採用成功=定着成功」と誤解しているケースが少なくありません。しかし、本当の意味での採用成功とは、入社後に社員が力を発揮し、長く働き続けたいと思える状態をつくることです。
特に注目すべきは、早期離職です。早期離職は、新卒での就職者だけの問題ではありません。
ビズリーチが行った独自調査の結果では、働き盛りのミドル層における「早期離職」の実態を把握するため、35~49歳で転職を経験したビジネスパーソン(正社員/首都圏在住/個人年収500万円以上)で早期離職者(在籍期間3年未満)を分析したところ、「社風、所属先の慣習があわなかった」が最も多い理由となり、前職在籍期間が1年未満の人では4割を超える結果となりました。
これは、個人の能力やスキル以前に、組織の「文化的な受け止め力」が問われていることを示唆しています。
離職率の高止まりは、採用コストの再発、業務習熟度低下による生産性の減少、残った社員の負担増、そして最も深刻な「企業ブランドの失墜」につながります。DE&Iは単なる倫理的な問題ではなく、この離職率という経営課題を解決するための「戦略的な打ち手」なのです。
2. 「3年の壁」が示す組織の真実 ー1年目と3年目の離職理由の違い
早期離職の対策を講じるためには、「1年以内」と「3年以内」の離職が持つ意味の違いを理解することが重要です。
2-1. 1年以内離職率は初期のミスマッチ指標と理解する
入社後1年以内に辞める人の多くは、「思っていた仕事と違った」「職場の雰囲気に合わなかった」など、採用時の期待と現実のギャップが主な原因です。
この1年以内離職率は、「採用要件の明確さ」「面接での対話の質」「初期配属やオンボーディングの設計」といった、採用広報から初期定着に至るまでのプロセス設計が適切かどうかを測る指標といえます。DE&Iの視点では、採用メッセージと実際の文化の「整合性」が問われます。
2-2. 3年以内離職率:組織文化と公正性のバロメーター
一方、3年以内離職率は、入社初期のマッチングを超えた、組織文化と制度の定着力を映し出します。
離職理由には「評価が不透明」「上司との関係性」「キャリア展望が見えない」など、より構造的・文化的な要因が関わってきます。つまり、制度を整えたとしても、異なる背景を持つ社員を公平に評価し、そのキャリアを支える「文化」が受け止めきれていなければ、優秀な人材でも組織から離れてしまうのです。
この3年以内離職率こそ、組織が持つ「多様性を受け止める文化のバロメーター」であり、DE&I推進の真の成果が問われる指標と言えるでしょう。

3. 離職率低下にDE&Iが不可欠な3つの理由
DE&Iは、単に多様な人材を集める(Diversity)だけでなく、誰もが能力を発揮できる公平な環境(Equity)と、意見を言い合える包摂的な文化(Inclusion)を築くことです。この「Inclusion(インクルージョン)」こそが、離職率を低下させる最大の要因となります。
理由1:心理的安全性の醸成
インクルーシブな職場では、社員は自分の意見や感情、失敗を恐れずに表明できます。これが「心理的安全性」です。多様な意見を歓迎する文化が根付いた組織では、社員は孤立感を感じることなく、前向きに業務に取り組むことができます。孤立感や意見を封じ込めるストレスは、離職の大きな動機です。
理由2:エンゲージメントと心理的安全性の本質と実践を徹底解説帰属意識の最大化
DE&Iを推進している企業では、社員は「自分はこの組織の一員として受け入れられている」と感じやすくなります。この「帰属意識」と、自分の仕事が組織の目標に貢献しているという「エンゲージメント」が高まります。
これは、単なる満足度ではなく、「ここで働き続けたい」という強い意思につながります。異なる背景を持つ人々が、自分らしくいられる職場環境こそが、長期的な定着の土台となります。
理由3:組織の学習能力の向上
多様な意見は、時には衝突や摩擦を生みます。しかし、それを受け止め、建設的な議論に昇華できるインクルーシブな文化があれば、組織は失敗から学び、迅速に成長できます。個人の挑戦や失敗が許容されない文化(例:「挑戦できる環境」とPRしながら失敗が許容されない文化など)では、社員は萎縮し、最終的に組織への不信感から離職を選択します。
4. DE&Iを「仕組み」に落とし込み、構造バイアスを排除する
アンコンシャス・バイアス研修は重要ですが、それだけでは行動は変わりません。人事の専門家として重要なのは、採用・評価・昇進・意思決定のプロセスそのものを見直し、「構造的にバイアスを入り込ませない」仕組みを設計することです。国際規格であるISO 30415(組織の人的資源管理における多様性と包摂性の統合に関するガイドライン)でも、人材マネジメントのライフサイクル全体にDE&Iを組み込むことが求められています。
4-1. 採用:「誰を採るか」ではなく「どう採るか」
構造化面接の導入: 評価項目を明確にし、質問と評価基準を統一することで、面接官の主観や感情に左右されることを防ぎます。面接評価項目の「カルチャーフィット」についても、具体的な行動指針に基づいて定義・可視化することが不可欠です。
ブラインド採用の活用:書類選考段階で性別、年齢、出身大学などの属性情報を非表示にし、スキルや経験のみで評価する手法です。

4-2. 公平性が担保された評価・昇進:
評価会議のキャリブレーション: 一部の上司の意見に偏りがちな評価を是正するため、全管理職が共通基準で評価を比較し、バラつきを調整する仕組みです。これにより、評価の公正性を高めることができます。
タレントプールの可視化と属性非表示での検討: 候補者のスキルや経験を一覧化し、属性(性別、年齢など)を非表示にして検討することで、固定化された管理職像による昇進候補選定の偏りを防ぎます。
多面的なフィードバックの仕組み:360度評価など、上司だけでなく同僚からのフィードバックも評価に組み込むことで、単一の視点による偏りを減らします。

4-3. 日常の仕組み:誰もが意見を言える「インクルージョン」の設計
会議・意思決定のルールの見直し: 権威性のないメンバーから順番に、全員が意見を出すルールを採用するなど、発言の偏りを是正する工夫が必要です。
情報の透明化: 人事・経営会議の議事録や意思決定プロセスを全社員に共有し、「知らなかった」による機会損失を防ぎます。
オンボーディングの強化: 新入社員が「暗黙のルール」に気づけないという課題に対し、バディ制度やメンター制度を導入し、先輩社員がマンツーマンで文化や行動指針をサポートします。
5. いますぐ始める3つの実践アクション
理屈を理解したら、次は実践です。人事担当者がいますぐ取り組める、効果的な3つのステップを紹介します。
アクション1::離職データを「属性別・構造別」に徹底分解する
まずは、離職という現象を定量的に把握することが出発点です。「誰が」「どの部署で」「どんな理由で」辞めているのかを、性別、年代、職種、雇用形態、上司、勤務地などで細かく分解分析します。
さらに、単なる統計的な比較だけでなく、経済学のOaxaca–Blinder分解の考え方を応用し、「離職の背景が制度設計にあるのか、マネジメント文化にあるのか」を明確に切り分ける分析を行うことで、打ち手の優先順位が定まります。たとえば、「女性の育児休業後の離職率が高い」という事実に対し、それが「制度の設計」によるものか、「文化(復帰後のハラスメントや孤立)」によるものかを判断するのに役立ちます。
アクション2::「辞めない採用」から「辞めたくならない文化」への転換
離職を防ぐ本質は、「辞めない人を採る」ことではなく、「辞めたくならない文化」をつくることです。
【制度面】キャリアリターン制度、柔軟な勤務制度の整備。特に、一度キャリアを中断した人材が復帰しやすい制度は、多様性を尊重する姿勢を示す重要なメッセージとなります。
【文化面】メンター制度、1on1での業務外の対話の推奨。社員の成功だけでなく、ロールモデルの葛藤や失敗を共有することで、誰もが完璧ではないという人間的な受容の文化を醸成します。また、日々の称賛を可視化する仕組みも効果的です。
アクション3::経営層・管理職の「多様性受け止め力」の測定
DE&I推進は、現場任せであってはなりません。経営層や管理職自身が、多様な意見や価値観をどれだけ受け止め、インクルーシブな行動を取れているかを測定し、育成する必要があります。
これは、従来のマネジメントスキル評価に加え、「インクルーシブ・リーダーシップ」の観点を組み込むことを意味します。たとえば、「会議で少数意見を引き出す行動を取っているか」「特定の属性に偏らない公正な評価をしているか」といった行動指標で評価を行い、その結果を昇進や報酬に連動させることで、組織全体にDE&Iを本気で推進するメッセージを伝えることができます。
6. おわりにー離職率を「組織進化のサイン」として捉える
離職率は、単なる人事KPIではなく、組織文化の成熟度を映す鏡です。高い離職率は「誰かが悪い」のではなく、「組織が多様性を受け止めきれていない」サインなのです。
数字の上下に一喜一憂するのではなく、「どの層の、どの時期の、どんな離職が起きているのか」を解釈する力。それこそが、人事の新しい専門性です。
離職を「損失」ではなく、組織が抱える課題を教えてくれる「気づき」として捉え、そこから制度や文化を修正していくこと。
この一連のプロセスこそが、DE&Iを「理念」から「経営実践」へと変え、結果として組織のレジリエンスと持続的な成長を実現する唯一の方法です。
参考文献
経営者必見|Google調査で判明した心理的安全性が「離職率・エンゲージメント」に直結する理由https://media.unipos.me/psychological-safety-google
早期離職はなぜ起きる? 中途社員の離職率や理由別対応策を紹介https://media.bizreach.biz/14158/
How a calibration committee can correct bias in employee evaluationshttps://www.hrdive.com/news/how-a-calibration-committee-can-correct-bias-in-employee-evaluations/525548/
ISO 30415:2021 Diversity and Inclusion – Human Resource Management Guidelines.
