top of page

DEI取り組み事例:キリンHD「経営戦略としてのDE&I」:2025年目標達成の裏側と、実践方針・アクション徹底解説

  • 3 日前
  • 読了時間: 9分
キリンHDに学ぶ「経営戦略としてのDE&I」。2025年目標達成の裏側と社内実践方針を解説する白地のタイトルスライド、sorubisロゴ付き。

多くの日本企業において、DE&I(多様性・公平性・包括性)の推進は「人事部の啓発活動」や「CSR(企業の社会的責任)の一環」に留まりがちです。

「経営陣の理解が得られない」「現場の意識が変わらない」という課題に直面している推進担当者も少なくありません。


しかし、キリンはDE&Iを「将来の生存をかけた経営戦略」と位置づけ、トップ主導で強力に推進してきました。その結果、2026年3月の発表において、「2025年の女性経営職比率目標18%」および「2025年の男性育休取得率100%」を同時に達成したことを報告しています。


本稿では、キリンがなぜDE&Iを経営の中核に据えたのかという背景から、目標達成に導いた具体的なアクション、さらには一般の企業が明日から実践できるアプローチまでを解説します。


【目次】

  1. なぜキリンは経営方針にDE&Iを取り入れたのか?(背景と経営陣の意識変革)

    • 市場の構造変化への危機感

    • 非財務目標(人的資本)への投資としての定義

  2. 方針からアクションへのブレイクダウン(キリンの具体策と最新成果)

    • ① KPIの厳格な管理と男性へのアプローチ

    • ②「なりキリン研修」による制約の疑似体験

    • ③「キリンビジネスチャレンジ」による事業化

    • ④ 多層的な両立支援インフラの構築

  3. 自社で実践するためのアクションガイド

  4. 結論:DE&Iは「挑戦する風土」をつくるための最強のツールである


1. なぜキリンは経営方針にDE&Iを取り入れたのか?(背景と経営陣の意識変革)


多くの企業でDE&Iが進まない最大の原因は、経営陣がそれを「コスト」や「綺麗事」と捉えている点にあります。キリンがこの壁を乗り越えられたのは、「DE&Iの未推進は事業の存続リスクである」という強い危機感を経営陣が共有したためです。


【市場の構造変化への危機感】

国内の酒類・飲料市場の縮小、および消費者ニーズの多様化が進む中、かつての「同質的な組織(日本人・男性中心)」による意思決定では、市場の急激な変化に対応できないという限界に直面しました。


この危機感は、特定の製品開発失敗ではなく、国内市場の縮小と消費者ニーズの多様化という構造的な変化に対し、従来の「日本人・男性中心」の同質的な組織では多様な視点を意思決定に取り入れることができず、事業存続を脅かす構造的なリスクに直面した点にあります。キリンは、DE&Iを未推進のままでは、多様化する顧客ニーズに合致した価値を創出できず、市場の変化に対応しきれないと判断し、これを解決策として経営戦略に組み込みました。



【非財務目標(人的資本)への投資としての定義】


キリンは、DE&Iを「福利厚生」ではなく、イノベーションを起こすための「人的資本への投資」と再定義しました。長期経営構想や中期経営計画の中に、従業員エンゲージメント調査に基づく「多様な人財と挑戦する風土」を重要成果指標(非財務目標のKPI)として組み込み、経営会議で定期的にPDCAを回す構造を構築したのです。


人的資本(Human Capital)とは:人材が持つ知識、技能、能力を「資本」として捉え、投資対象とすることで企業価値を中長期的に高めていくという経営思想。

2. 方針からアクションへのブレイクダウン(キリンの具体策と最新成果)


キリンが実践している施策は、「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」の3つのレイヤーで明確に役割分担されています。それぞれの具体的事例と、最新の成果を分析します。


① KPIの厳格な管理と男性へのアプローチ

施策名

具体的なアクション(仕組み)

最新の成果(エビデンス)

女性経営職の計画的育成

「女性活躍推進長期計画2030」に基づき、キリン・ウィメンズ・カレッジ(2014年~2023年)による若手・中堅女性社員の戦略的育成や候補者の選抜、個別育成プランの策定、役員によるスポンサーシップを実施。2024年からは経営職登用後の活躍を支援するキリン・メンタリング・バトンも実施。

2025年の女性経営職比率目標18%を達成(2026年3月発表)。

男性育休の完全取得推進

単なる「育休を促す声かけ」ではなく、2026年1月には「GCNJ コレクティブ・アクション2030 公平な働き方」へ賛同・署名し、「1か月以上の育児休業取得100%」を対外的に宣言し、取得を義務化。

2025年の男性育休取得率100%を達成。男性の家事・育児への参画意識が向上。


「育休を取りましょう」という推奨に留めず、「〇ヶ月以上の取得率100%」とトップが対外宣言することで、現場の管理職が「業務を代替・標準化せざるを得ない状態」を強制的に作り出すことが成功の鍵です。


②「なりキリン研修」による制約の疑似体験


キリンのDE&I推進の中核を担うのが、2019年から全社展開されている「なりキリン研修」です。


  • 具体的なアクション: 独身や子どもがいない社員も含めた参加者が、指定された約1ヶ月間、「育児中の親」や「介護者」になりきり、「突発的なお迎えでの退社」や「時間的制約のある働き方」を疑似体験します。

  • 具体的な成果: 受講者の約90%が学んだことを実務で実践。特定の社員に業務が偏るブラックボックス化が解消され、チーム内での仕事の共有や権限移譲が進んだことで、職場全体の労働生産性が向上しました。


アンコンシャス・バイアス(Unconscious Bias)とは:「育児中の社員には重要な仕事を任せると負担だろう」といった、過去の経験や周囲の環境から生じる無意識の偏見・思い込みのこと。

座学の「アンコンシャス・バイアス研修」は「分かったつもり」で終わりがちです。「他者の制約を身を以て体験するプログラム」を設計することで、管理職のマネジメント意識を強制的に変革できます。


③「キリンビジネスチャレンジ」による事業化


多様な人財が集まり、公平な土台ができても、それがビジネスの成果に繋がらなければ経営陣の理解は持続しません。キリンは、多様な視点や価値観を具体的なビジネス成果に結びつけるための「出口」として、社内公募制度「キリンビジネスチャレンジ」を用意しています。


減塩サポート食器「エレキソルト」は、キリンがDE&Iを経営戦略の中核に据える中で、「個を活かす風土(Inclusion)」を具現化する目的で設置されたこの制度から誕生しました。


  • 具体的なアクション: 部署や役職、年次に関係なく、社員が自由なアイデアを経営陣にプレゼンし、事業化を目指す「キリンビジネスチャレンジ」を毎年実施。これは、多様な人財のアイデアを活かす仕組みとして機能しています。

  • 具体的な成果: 塩分を控えた食事の味を電気の力で増強する減塩サポート食器「エレキソルト」の商品化(2024年5月にスプーン、2025年9月にカップを発売)や、サプリメント事業「GOLD EXPERIENCE」の立ち上げなど、ヘルスサイエンス領域での新規事業創出に直結しています。


この「キリンビジネスチャレンジ」は、多様性が単なる人事施策ではなく、「新規事業開発と直結し、多様性は利益を生むというファクトを経営陣に示す仕組み」として極めて重要な役割を果たしています。


④ 多層的な両立支援インフラの構築


Equity実現を支える基盤施策として、キリンは以下の多層的な両立支援インフラを整備しています。


  • 両立のWAサロン(2025年~): 育児・介護・治療など多様なライフイベントに関する情報提供と理解促進を行う社内プログラム。「お互い様」で支え合う文化の醸成を目指し、従業員の不安軽減と主体的なキャリア継続を後押しします。

  • 情報プラットフォームの整備(2025年~): 育児支援制度に関する就業規則や解説資料、休業に向けた職場での体制整備等の情報を「育児支援サイト」に集約し、情報のアクセシビリティを向上。サロン情報や育児体験コラムなどの情報発信を一元化しています。

  • 育児休業の部分的有給化、育児支援金の新設(2026年4月~): キリンホールディングス社員を対象に、育児休業の最初の2週間に充てられる有給の特別休暇を新設。また、育児休業取得期間に応じて育児支援金(1か月以上の取得で最大50万円)を支給し、収入不安の解消を通じて、誰もがまとまった期間を安心して育児に充てられる環境を実現します。


3. 自社で実践するためのアクションガイド


キリンの成功事例をベンチマークとし、経営陣の理解を得ながら社内でDE&Iを実践するためのロードマップ案を提示します。

【ステップ1:経営層の巻き込み】 

DE&Iを「リスク回避・投資」として再定義し、非財務のKPIとして経営計画に組み込む。

  

【ステップ2:現場の意識変革】

座学ではなく「なりキリン研修」を模した「制約体験型ワーク」でアンコンシャス・バイアスを打破。

  

【ステップ3:成果の可視化(出口戦略)】

多様な視点を活かした業務改善や新商品提案の場を設け、ビジネス成果(利益)と結びつける。


ステップ1:経営層の巻き込み(「綺麗事」から「投資」への転換)


経営陣に対し、「他社がやっているから」ではなく、「我が社の5年後の採用力低下リスク」「顧客ニーズの乖離リスク」をデータで提示します。キリンの「2025年目標達成」のプレスリリースをエビデンスとして活用し、競合他社に遅れをとるリスクを伝えてください。人事目標ではなく、経営の「非財務KPI」として設定させることがスタートです。


ステップ2:現場への導入(「プチなりきりワーク」の実施)


全社的な「なりキリン研修」の導入が難しくても、まずは自部署や特定部門で「1週間の時間制約ワーク」をトライアル実施します。「18時以降の業務連絡禁止」「週2日、メンバー間でタスクを完全共有・交代する日を作る」などのルールを課すことで、業務の標準化(属人化の解消)の必要性を現場に体感させます。


ステップ3:出口の用意(「多様な視点」の現金化)


育休復職者や若手、中途採用者など、組織内の「マイノリティ(少数派)」の意見を集約する「アイデア箱」や「クロスファンクショナルチーム(部門横断チーム)」を組成します。そこから生まれた業務効率化のアイデアや顧客へのアプローチ手法を小さな成果として役員会で報告し、「多様性が生んだ具体的なメリット」を可視化します。


4. 結論:DE&Iは「挑戦する風土」をつくるための最強のツールである


キリンのDE&I戦略が示している最も重要な示唆は、「多様性を認めることは、組織の甘えではなく、組織を強くするための厳格な経営判断である」という点です。同社が2025年目標(女性経営職比率18%、男性育休100%)を達成できたのは、制度を作って満足するのではなく、それを活用して「エレキソルト」のような新規事業(イノベーション)へ昇華させる構造が機能していたからです。


経営陣の理解を得るためには、DE&Iを人事の守りの施策として語るのをやめましょう。「多様な人財の視点(Diversity)を、公平な環境(Equity)で活かし、イノベーションを起こす(Inclusion)ための成長戦略」として語り直すこと。これこそが、キリンの事例から私たちが学ぶべき、最も本質的な社内実践のアプローチです。


参考情報

  • キリンホールディングス株式会社 プレスリリース(2026年3月25日発信):「多様性推進に向けた施策によって2025年の女性経営職比率目標と男性育休取得率100%を達成」

  • キリンホールディングス株式会社 公式サイト(人的資本・多様性ページ):「多様性推進プラン」「Equity&Inclusion推進の取組み・多様性を広げる取組み」

  • キリンホールディングス株式会社 新規事業開発note(未来を語る):「新規事業『エレキソルト』が提案する新たな食体験」「キリンビジネスチャレンジの歩み」

  • ビジネスメディア「オルタナ」掲載記事(2026年3月12日公開):「キリン、育児や介護の疑似体験でチーム内の相互理解を深める(なりキリン研修の現在地)」

  • キリンホールディングス株式会社 プレスリリース(2026年5月22日発信):多様性推進の取り組みを体系化—女性経営職比率目標18%・男性育休取得率100%達成の具体的なアクションと次なる一歩

  • グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン:GCNJコレクティブ・アクション2030 公平な働き方


(著:玉村優佳)

bottom of page