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【イベントレポート】組織のウェルビーイングとジェンダー平等の未来~国際男性デーに考える、「男らしさ」を問い直す時間~

更新日:11月24日

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開催日: 2025年11月19日(水)

テーマ: “男性らしさ”を問い直す:組織のウェルビーイングとジェンダー平等の未来

登壇者:

  • 植村 将大 氏(エグゼクティブコーチ)

  • 出石 琴美 氏(ユトレヒト大学院 社会心理学専攻 / ジェンダー研究)

  • 宮本 佳歩 氏 ※モデレーター

11月19日は「国際男性デー(International Men’s Day)」。

男性の健康やウェルビーイング、そしてジェンダー平等への貢献を考える世界的な日です。


日本の企業では「女性活躍推進」「ダイバーシティ推進」が進む一方で、「男性自身のウェルビーイング」や「心理的安全性」が置き去りにされがちです。

「強くあらねば」「働き続けねば」という“男らしさ”の規範が、本人の生きづらさや職場での不平等を生むケースも少なくありません。


本記事では、この国際男性デーに開催したイベントで“男性のあり方”を見つめ直すことが組織全体のウェルビーイングとジェンダー平等にどうつながるのか、対話させていただいたレポートを記載いたします。

目次

  • オープニング:現代社会における「男性性」の問い直し

  • 📊組織にはびこる男らしさ競争(MCC)の正体

    • 1. 男らしさ競争文化(MCC)の4つのルール

    • 2. MCCが引き起こす深刻な影響

    • 3. 文化が生まれて継続するメカニズム

    • 4. 男性性デフォルトと日本企業の構造

    • 5. MCCから自分を守るためのヒント

  • 🗣️クロストーク「個人の葛藤と組織の変革」

    • 1. 「成果を出さないと価値がない」という信念の苦しみ

    • 2. 「本当の強さ」は弱さを感じきって癒すことから

    • 3. 組織のイノベーションを阻害する「感情抑制」

    • 4. チームを変えるのは、トップの「癒されていない体験」に向き合うこと

  • 📝未来の「男らしさ」と社会


オープニング:現代社会における「男性性」の問い直し


セミナーの冒頭では、「男らしさ」「男性性」が、生物学的な性別ではなく、社会や文化の中で「男らしいと期待されている振る舞いや価値観」を指すことが強調されました。


例えば、競争に勝つこと弱音を吐かないこと、「感情的にならずに論理的であること」や、「大黒柱として稼ぐ期待をされること」が、いわゆる伝統的な男らしさとされています。


こうした規範は長く日本に根付いてきました。高度経済成長期に「24時間働けますか」というキャッチコピーが流行ったように、男性が外で働き、女性が家事をするという役割分担が当たり前になり、「組織のデフォルトが男性性」であることが深く根付いた、という指摘がありました。


しかし、ここでいう男性性・女性性は性別の話ではなく、あくまで「男性らしい・女性らしいとされている振る舞い」を指しているため、「当然、女性の中にも男性性はありますし、男性の中にも女性性はある」ものです。


現在、「組織のデフォルトが男性性」という価値観が揺らいできており、働く人々のウェルビーイングや組織の健全な成長を阻害しているのではないか」という問いを、本日皆様と一緒に問い直したい、という問題提起がされました。



📊組織にはびこる男らしさ競争(MCC)の正体


出石氏は、ご自身の研究テーマであるジェンダー差別や産業心理学の知見から、「男らしさ競争文化(MCC)」について詳しく解説しました。


1. 男らしさ競争文化(MCC)の4つのルール


出石氏は、日本の会社や学校で「休まず働くことが当然という雰囲気がある」「弱音を言うと甘えていると言われる」「風邪でも出社するのが美徳」といった暗黙のルールを強く感じた、と語りました。これは「単なる古い習慣や個人の精神論ではない」とし、心理学・組織論の研究で「男らしさ競争文化(Masculinity Contest Culture:MCC)」という明確な名前がついていることを紹介しました。


MCCとは、「男らしさを競うことが当たり前になっている職場文化」です。


提唱者バーダール氏の定義に基づき、この文化を構成する4つの特徴的なルールが提示されました。

特徴的なルール

具体的な行動・価値観

体力勝負

「迷っている」「ちょっとわからない」という発言が評価されない。失敗を認めないことが良しとされる。

弱みを見せるな

「寝ない自慢」が美徳とされる。休まず頑張ることが偉いという風潮。(オランダでは定時で帰らないと「仕事ができないやつ」認定されることと対比され、日本文化の特殊性が示唆された)

仕事が命

家庭や体調より仕事を最優先することが当然だとされる。家庭のことはパートナーや外部サービスに任せ、自分は仕事に集中する文化。

食うか食われるか

ゼロサム理論。職場は戦場、勝つか負けるか。ワークライフバランスなんて言葉はない、というような野生的な文化。勝者と敗者しかいない。


2. MCCが引き起こす深刻な影響


このMCCが強い組織ほど、「ハラスメントが起きやすく」「心理的安全性が低く(弱音を言っても攻撃される安心感が弱い)」「メンタルの不調を訴える方が多く」「仕事の満足度も低い」という、悪影響があることが研究でわかっています。さらに離職傾向も増加するとのことです。


3. 文化が生まれて継続するメカニズム


残業時間短縮の法律などが整備されても、なぜ文化が続いてしまうのか?

それは「みんながやっている」という規則性から力が生まれるメカニズム(モリスによる理論)にあります。

  1. みんなやっている(規則性): 周りの人が残業しているのを見ると、「それが普通だ」(技術的規範)と感じる。

  2. 制裁(ルール化): やらないと浮いてしまったり、評価が下がってしまうという「やらないと怒られそう」(命令的規範)な認識が生まれる。

  3. 制度化・個人化: それが当たり前のルール(文化)として醸成され、やがて「残業しないとダメだ」という規範を自分でも持ってしまう。


「最初はただの慣習が、いつの間にか絶対的なルール、法律のようなものに心にどしっと構えてしまい、おかしいと声を上げにくくなってしまう」という点が指摘されました。


4. 男性性デフォルトと日本企業の構造


ここで、典型的な男性性と女性性について整理してみましょう。


社会的に「男性的」とされるステレオタイプ(自立、競争的、論理的など)が組織のデフォルト(標準)になっています。


  • この「男性的」な特徴を持つ人たちだけが評価され、出世しやすい。

  • 対して、チームに本当に必要な「女性的」とされる特徴(共同性、温かい、謙虚など)を持つ人々が「能力不足」「弱さ」と見なされてしまう。


さらに、日本企業の構造がMCCを過熱させています。

  • 新卒一括採用(年齢や学歴が似ていて同一性が高い集団)。

  • 終身雇用(人の入れ替わりが少なく周りと比べやすい)。

  • 成功体験の中心に男性社員がいる(自分と誰かを比べる時の規範が強化される)。


類似性が高い集団は、周りの人と比べやすく競争性が強まってしまうという点が、日本特有の問題として挙げられました。


5. MCCから自分を守るためのヒント


苦しい時に「自分のせいだ」と絶対に思わないでほしい、というメッセージが強く伝えられました。苦しさの原因は「組織のOS、システムがMCCに偏っているから」かもしれません。


  • デフォルトの歪みに気づく: 自分の個人の能力不足ではなく、組織のシステムが歪んでいることに気づく。

  • 外部の視点を入れる: 同質性の高い集団内では気づきにくいため、「これ問題があるんだけどどう思う?」と友達、セラピスト、産業心理学の専門家に相談するなど、客観的な視点を取り入れる。


この2つで、MCCをまず可視化し、自分の周りから少しずつ変えていくことができる、と締めくくられました。



🗣️クロストーク「個人の葛藤と組織の変革」


植村氏からは、コーチングの現場で経験する「ドロドロした部分」「臨場感の高い、ヒリヒリしたりソワソワしたりする」リアルな事例が語られました。


1. 「成果を出さないと価値がない」という信念の苦しみ


エグゼクティブコーチングの現場では、男性性に起因する葛藤に触れることが多いとのことです。


【コーチングの事例】 ある経営者の方で、 セッション序盤は「休むことがとにかく怖い」。休んだら売上が落ちるという恐れが強すぎる状態でした。 売上1億円以上達成している経営者でさえ、「休んだら終わり」というルールを採用したからこそ勝ってきたという事実がある一方で、こころは満たされず、「案件がとれた時だけ満たされる」が、失敗を考えると「2日間ベッドから出ることができない」とおっしゃっていました。

お客様が一番苦しめられているのは、「成果を出さないと価値がない」という信念(思い込み)であり、その思い込みを持たざるを得ない仕組みの中に僕たちがいる、ということが指摘されました。


2. 「本当の強さ」は弱さを感じきって癒すことから


植村氏は、「本当の強さとは何か?」という問いに対し、以下の3点を挙げました。


  1. どんな自分も受け入れられている状態。

  2. ネガティブな感情も感じられている状態。

  3. 自分の内側にある男性性と女性性を対等に大切にできる強さ。


この強さを取り戻すためには、「自分の抑えてた自分」、特に「弱さを見せられなくなってしまった一番辛い体験」を、信頼できる方と共にゆっくりと「感じきる」ことが重要だと語られました。


【コーチングの事例】 クライアントが、自分の実生活で恥ずかしい・劣等感を感じるのがしんどいから、SNSなどで誰かと比べて優越感を感じてしまうという悩みを抱えていました。 これを掘り下げていくと、学生時代にとても恥ずかしい体験をしてしまった経験を、心の傷としてずっと溜め込んでいたことが判明。 この体験を、泣いたり嗚咽したりして外に出すことで、他者に対して優越感で見てしまうような「嫌な自分がいなくなった」という変化が起きたそうです。

このプロセスは体が拒否するほど苦しい一方で、これを乗り越えることが不可欠であると強調されました。


3. 組織のイノベーションを阻害する「感情抑制」


感情抑制がイノベーションを阻害するという点について、出石氏から研究結果が補足されました。


  • リーダーが感情を抑圧すると、部下も「感情を出しちゃいけないんだ」という雰囲気が広がり、チームの感情的消耗(疲労)が高まる。

  • 結果として、チーム内の心理的安全性が低くなり、創造的提案、問題共有、フィードバック行動がすべて抑制され、イノベーションが停滞してしまう。

  • 感情を抑制するメンバーが一人いるだけで、本音を言えない関係性が生まれ、ベンチャーの存続力が著しく低下することもわかっています。


4. チームを変えるのは、トップの「癒されていない体験」に向き合うこと


組織の課題解決には、トップに立つ人の「癒されていない体験」に向き合うことが、文化変革の起点になるという非常に興味深い事例が紹介されました。


【チームコーチングの事例】 承認する文化がない組織で、経営者の方が幼少期に「承認されたことがあまりなかった」という事実が判明。褒められた経験がないことから、経営者自身も周りへの声の掛け方が分からない状態でした。 そこにコーチが介入し、その幼少期の体験を思い出して泣くプロセスを、他のメンバーとも共有。 どのような事象があって現在に至ったのか、本当の意味で受け取れるため、メンバー間でも深い理解が生まれ組織の文化に変わっていく、という変化が起きたそうです。

「組織の課題」として表層化している問題も、意外とトップに立つ方の癒されていない体験が「組織のシャドウ」として現れていることがある、という振り返りがなされました。


📝未来の「男らしさ」と社会


未来の「男性性」がどう変わっていくのか、というテーマでディスカッションがされました。


植村氏の視点:女性性のエネルギーをシステムに


植村氏は、「女性性のエネルギー」がシステムに採用されていく流れが強まると予測しました。

  • 例1: ベーシックインカムのように、全員に等しくお金を配り、みんなを受容していく方向。

  • 例2: 熊本・浮遊街の「腐るお金」(3ヶ月で価値がゼロになる)。

    • お金が流通するため、みんなが協力するようになり、「結果が出る出ないは置いといて、この人の挑戦面白そう」という支援が生まれる文化が起きている。

    • 「意識の段階がすごく高い人たち」が、調和や受容をシステムに組み込み、そこで優秀な人が集まり、新しいサービスを生み出すムーブメントが起きている。


出石氏の視点:ジェンダー平等は人類の健康基盤


出石氏は、アカデミアの視点から具体的なポジティブな変化を共有しました。


  • 教育の効果: 子どもたちに感情表現やケア行動など、女性的とされてきたことを教えることで、将来の暴力や不平等の低減に寄与することがわかっている。

  • 「ハイブリッド・マスキュリニティ」: 有害な男らしさだけでなく、感情の共有LGBTQ+、ジェンダー平等をサポートするインクルーシブな男性性が評価される動きが起きている。

  • ジェンダー平等は人類の健康に:ジェンダー平等を「女性だけの問題」ではなく「社会の幸福の基盤」だと教育で伝えるだけで、男性のメンタルヘルスの改善、家庭参画、社会的信頼が上昇することが研究で証明されている。


最後に、「男性らしさ、女性らしさ、という枠組みだけではなく、自分らしくいることを大事にできたら、より良い男らしさ、より良い人間らしさが出る」と締めくくられました。

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