
職場で「今日は生理痛がひどくて…」と口にしたことはありますか?筆者は女性ですが、生理痛がひどいと同僚に打ち明けられることはほとんどありませんでした。実はこの「言いづらさ」が、日本企業の生産性に大きく影響しているのをご存知でしょうか。
女性特有の健康課題は、個人の悩みの枠を超え、企業の生産性や経済にまで波及しています。この記事では、月経痛から更年期まで、女性のライフステージに沿った健康課題の実態と、それが職場にもたらす影響を掘り下げていきます。さらに、先進的な取り組みを始めた企業の事例から、これからの職場づくりのヒントを探っていきましょう。
【目次】
見えにくい女性の健康課題
職場の生産性に響く女性の健康課題
データが示す事実
先進企業の取り組み
男性が理解の鍵を握る
DE&I視点からの重要性と企業の未来
見えにくい女性の健康課題
月経痛 – 8割の女性が抱える月々の試練
「毎月のことだから」と我慢する声が聞こえてきそうな月経痛。実は生理痛がほとんどない女性はわずか21.4%です。つまり、約8割の女性が何らかの痛みと向き合いながら毎月を過ごしています。
日本の職場で働く女性の66.4%が「症状が強いが我慢している」と答え、6割以上が「痛み止めを飲まなければ仕事ができない」と報告しています。いわば見えない戦いを毎月繰り広げているわけです。
頭痛、倦怠感、イライラといった症状も月経に伴って現れます。特に生理前のホルモン変動による不調(PMS)は、重度になるとPMDD(月経前不快気分障害)として日常生活に支障をきたすこともあります。「なんだか今日は集中できない」。その背景に月経随伴症状があるかもしれません。
妊娠・出産 – 喜びの陰に隠れた心身の変化
「おめでとう!」の言葉の裏で、多くの女性がつわりと格闘しています。吐き気や極度の疲労感は、特に妊娠初期に顕著です。朝のミーティングに間に合わせるのも一苦労というケースも少なくありません。
妊娠中期以降も貧血、腰痛、むくみなど体調管理の連続です。出産後は肉体的な回復に加え、睡眠不足による疲労が重なります。そして特に見逃せないのが産後うつです。
「赤ちゃんが生まれて嬉しいはずなのに、なぜか涙が止まらない」。ホルモンバランスの急変や育児ストレスから、約10%の女性が産後うつを経験します。抑うつ気分や意欲低下は、育児だけでなく仕事復帰の大きな壁となります。
不妊治療と仕事の両立も深刻な課題です。不妊治療は、原因を特定するための検査だけではなく、実際に治療を行う度に頻繁な通院や投薬が必要となり、特に女性側の通院や投薬に関する負担が大きいのが特徴です。不妊治療専門病院はニーズの高まりをうけて、混雑している箇所が多く、2時間待ち、診察は5分...こうしたことも日常茶飯事です。頻繁に「通院のたびに休みを取るのは気が引ける」と感じる女性は多いです。不妊治療と両立ができず、仕事を退職してしまう女性もいます。さらに治療の副作用による体調不良も、「まだ子供をさずかっていないから」と周囲に言い出しにくい悩みの一つです。
更年期 – 黙って乗り越えるには辛すぎる変化
「急に汗が吹き出して、会議中なのに上着を脱がなきゃいられなかった」。これが更年期特有の「ホットフラッシュ」の一例です。45〜55歳頃に訪れる閉経期の前後には、こうした身体的症状に加え、不安感や抑うつ、イライラといった精神的症状も現れます。
更年期症状を自覚する40〜60代女性の63%が「日常生活に支障がある」と感じており、その多くが職場でも影響を受けています。さらに衝撃的なのは、約85%の女性が更年期の不調を「隠れ我慢」していることです。「女性の老化」として話題にすることがタブー視される風潮が、この沈黙を長引かせています。
婦人科系疾患 – 珍しくない、けれど理解されにくい病気
女性特有の疾患としては、子宮内膜症、子宮筋腫、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などが代表的です。子宮内膜症は子宮内膜に似た組織が子宮の外側で増殖する病気で、月経時に強烈な骨盤痛を引き起こすことがあります。世界保健機関(WHO)によれば、「子宮内膜症は世界で生殖年齢の女性の約10%である1億9000万人に影響を及ぼす」極めてありふれた病気です 。慢性的な痛みや不妊の原因にもなり、生活の質を大きく損ないます。
子宮内膜症、子宮筋腫、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)——これらは女性特有の疾患ですが、決して珍しいものではありません。WHOによれば、子宮内膜症は生殖年齢の女性の約10%(1億9000万人)が経験します。月経時の激しい痛みや不妊の原因にもなり、日々の生活の質を大きく下げることもあります。
子宮筋腫は30代以降の女性に多く見られ、過多月経や貧血を引き起こします。PCOSは生殖年齢女性の6〜13%に見られますが、最大70%が未診断のまま過ごしているという報告もあります。「なんとなく調子が悪い」の背景に、こうした疾患が隠れていることも少なくありません。
以上のように、女性の健康課題はライフステージごとに多岐にわたります。これらが仕事と重なったとき、どのような影響が生じるのか?
次章では職場の生産性への具体的な影響を見ていきましょう。
職場の生産性に響く女性の健康問題
欠勤と遅刻といった「見える損失」
生理痛が重い日、つわりがひどい朝、更年期の不調で眠れなかった翌日——女性特有の健康課題が原因で欠勤や遅刻を余儀なくされるケースは少なくありません。
調査によれば、生理関連の症状だけでも「過去3ヶ月間に平均2.7日の欠勤」が報告されています。年間に換算すると約10日。これは年間休暇の半分以上に相当する日数です。「また休むの?」という目は、当事者をさらに追い詰めます。
出社しても本調子ではない「プレゼンティーイズム」
実は欠勤より大きな損失をもたらしているのが、体調不良を抱えながらも出社する「プレゼンティーイズム」です。オランダでの大規模調査によれば、月経関連症状による労働生産性の損失は女性1人あたり年間約9日分。そのほとんどが「出社はしているが本調子で働けない時間」によるものでした。
子宮内膜症患者の場合、週あたり平均11時間もの労働時間が失われているという研究結果もあります。これは健康な女性と比べて38%も高い数字です。「デスクに座っていても、頭が回らない」「痛みで集中できない」——そんな状態で過ごす時間が積み重なっています。
日本政府の試算によれば、月経痛・更年期症状・婦人科がん・不妊治療による経済的損失は、社会全体で年間3.4兆円にも上ります。これは対策次第で削減可能な「潜在的損失」です。

モチベーションと帰属意識の低下
体調不良や将来への不安を抱えながらの勤務は、仕事への意欲も奪っていきます。不妊治療と仕事の両立に悩む女性、更年期症状に苦しむ女性が「誰にも理解されない」と感じれば、組織への帰属意識は薄れていくでしょう。
最終的には「もう続けられない」と離職を選ぶケースも少なくありません。貴重な人材の流出は、企業にとって大きな損失です。
データが示す現実
生理休暇は「絵に描いた餅」?
労働基準法で定められた生理休暇。しかし実態は厳しいものです。厚生労働省の調査によれば、「実際に社員が生理休暇を請求した企業」はわずか3.3%。生理休暇を取得した女性労働者の割合も0.9%に過ぎません。
取得率の低さの背景には、「周囲で誰も取っていないから取りづらい」(43.9%)、「自分は必要ないと思ってしまう」(32.4%)、「仕事が忙しく休みづらい」(27.8%)、「上司に言い出しにくい」(18.5%)といった理由が並びます。
さらに、「職場が月経による不調に理解がない」と感じる女性は55.4%にも上ります。制度はあっても活用されないという日本の職場文化が浮き彫りになっています。

企業側の認識ギャップ
「女性の健康課題に対する十分な支援がない」と感じる女性従業員は約7割。一方で企業側管理職の約3割は「何をすれば良いか分からない」「当事者と話ができない」と悩んでいます。この認識のギャップが問題解決を遅らせているのかもしれません。
また、別の調査では「職場が月経による不調に理解がない」と感じている女性が55.4%にも上ることが報告されています。このように、日本の職場では月経に関する言い出しにくさ・取りづらさが根強く、制度があっても活用されていない現状があります。
先進企業の取り組み
フェムテックの導入で働きやすさを向上
先進的な企業では、女性の健康をサポートする具体的な取り組みが始まっています。
丸紅は2020年からフェムテックプロジェクトを立ち上げ、生理痛やPMSに悩む社員向けにヘルスケアアプリ「ルナルナ」を導入しました。オンライン産婦人科診療も福利厚生に加えています。男性社員も参加する全社セミナーで女性の体への理解促進にも取り組んでいます。
小田急電鉄は2018年から不妊治療や流産に関する相談窓口「ファミワン」を設置しました。妊娠中の「産婦人科オンライン」、出産後の「小児科オンライン」と連携し、ライフステージに沿ったサポート体制を構築しています。
花王は「女性の健康相談窓口」を全国の女性社員に提供し、専門産業医によるメール相談を実施しています。定期健診に婦人科検診を組み込み、女性特有の疾患の早期発見・治療を支援しています。社内で発見される女性のがんの半数以上が、この健診で見つかっているとのことです。
経済的サポートと職場環境の整備
ポーラは生理用品無料提供ディスペンサー「OiTr」をオフィストイレに設置しました。急な生理でもすぐにナプキンが入手できる環境を整えています。さらに吸水型ショーツの購入補助や低用量ピル処方の費用補助も福利厚生に加え、経済面からも女性の健康をサポートしています。
不妊治療休暇や治療費助成、治療経験者によるピアサポート制度を導入する企業も増えてきています。女性特有の健康課題を「個人の問題」から「組織で支える課題」へと位置づけ直す動きが広がっています。
タブーを破るための社内コミュニケーションの促進
女性の健康課題をタブー視しない風土づくりも広がりつつあります。管理職や男性社員向けに、生理や更年期、妊産婦の体の変化について正しい知識を提供する研修を実施する企業が増えています。
あるIT企業では、更年期世代の部下を持つ管理職に対し、更年期症状の基礎知識と対応方法を学ぶ講習を実施しました。「部下の不調の背景に気づけるようになった」「適切な声かけができるようになった」という声が上がっています。
社内の女性従業員有志によるヘルスケアコミュニティも注目です。匿名で不調や対処法を共有できる掲示板は、「自分だけじゃないんだ」という安心感を生み出しています。
男性の理解が鍵を握る
生理休暇取得率の低さや「職場に理解がない」と感じる女性が多い背景には、男性上司や同僚への言いづらさがあります。「男性には分からないだろう」「説明するのも恥ずかしい」という気持ちが、女性たちを沈黙させています。
ある企業では社長自らが「女性の健康課題は組織全体で支えるべき」と社内報で発信しました。管理職に具体的配慮を呼びかけた結果、部署内の雰囲気が変わり始めたといいます。
また、男性社員向けに月経痛や更年期症状を疑似体験できる研修を行った企業では、「想像以上に大変だとわかった」「今後は遠慮なく言ってほしい」といった反応があり、生理休暇の取得率向上につながった例もあります。
「知らなかった」から「理解している」へ。この一歩が、職場環境を大きく変える可能性を秘めています。
DE&I視点からの重要性と企業の未来
なぜ企業は女性の健康課題に取り組むべきなのでしょうか。それは「多様な人材が安心して能力を発揮できる職場」を実現するためです。女性は日本の労働力人口の約44%を占めています。この貴重な人材が健康課題のために十分に力を発揮できないとすれば、それは企業にとっても大きな損失でしょう。
近年注目される「健康経営」の観点からも、女性の健康課題への対応は投資効果が高い分野とされています。離職防止や生産性向上による損失削減は、中長期的な企業価値向上に直結するでしょう。
合わせて「女性の健康問題」を取り扱う時に気をつけたいのが「女性は生産性が低い」という偏見を助長させることのないことです。早稲田大学の黒田教授の研究によると、女性は月経周期によって56日間で平均して6~9日生産性が下がるものの、研究実験に参加した男性も40%は同様に体調不良による生産性低下がみられ、さらにその生産性低下幅は女性の月経によるものよりも低かったということです。健康経営を推進することは、「女性だけが得をする」「下駄を履かせる」ものでもありません。職場環境と企業風土を見直し、誰もが安心して働ける基盤を整えることにつながります。結果として、すべての従業員にとって働きやすい職場を意味し、企業の競争力強化と持続的成長に直結します。
日本企業の未来を支えるためにも、女性の健康課題は避けて通れない重要テーマです。今こそ経営課題として真剣に向き合う時が来ています。
(参考資料)
厚生労働省「働く女性と生理休暇について」資料(2021年, 日経BP調査) ([PDF] 働く女性と生理休暇について - 厚生労働省)
日本産婦人科医会「産後うつ病について」Q&A (産後うつ病について教えてください – 日本産婦人科医会)
World Health Organization (WHO) Fact Sheets: Endometriosis ( Endometriosis ); Polycystic Ovary Syndrome ( Polycystic ovary syndrome )
BMJ Open掲載研究(オランダ研究)要旨(Menstrual symptoms linked to nearly 9 days of lost productivity through presenteeism every year - BMJ Open)
Endometriosis.org 世界調査サマリー (First worldwide study finds women’s productivity at work significantly impacted by endometriosis – Endometriosis.org)
経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算」(2024年)
経済産業省 健康投資に関するレポート
PRTimes「働く女性の労働損失額調査」(2020年, ミュゼプラチナム) (ミュゼプラチナム)
内閣府・厚労省データ:出産前後の女性の就業継続率 ()
Quartz at Work “Menopause: The cost of company ignorance” (2022) (Menopause: The cost of company ignorance)
東京都「働く女性のウェルネス向上委員会」企業事例(ポーラ) (複数のフェムテックサービスを導入。生理の悩みや不妊治療などをサポート|企業の取組事例|働く女性のウェルネス向上委員会)
BOWGL「フェムテックとは?企業の取り組み事例」(丸紅・小田急・花王 等) (フェムテックとは?企業の取り組みと注目の理由、企業事例を紹介 | ボーグル)
JIL調査/日経記事 等(職場の男女意識ギャップ)
その他、OECD/ILO統計、公的機関発表データ(女性労働力率 等)
(著:宮本佳歩、玉村優佳)
Comments