男女の生物学的違いと経済格差──労働生産性の視点から考える
- kahomiyamoto6
- 2月25日
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更新日:9月4日

「男女の脳の作りは元々違うのではないか」「男性/女性の方が生産的な労働ができる」といった議論は科学的エビデンスで否定されつつあり、組織のおける男女の労働生産性には違いがないように思えます。今回は労働経済学ではフォーカスされてこなかった男女での「生物学的違い」に着目した興味深い研究をご紹介します。
これまで、男女の経済格差は主に教育や文化的背景、職場の制度的な要因によるものと考えられてきましたが、生物学的な性差が労働生産性に及ぼす影響についての研究はまだ十分に進んでいません。「男女の脳や思考の違い」ではなく、男女のホルモンバランスに着目した早稲田大学教育・総合科学学術院の黒田祥子教授による研究です。
女性のホルモンバランスの変動が労働生産性に与える影響および男性のストレス管理と生産性の関連について掘り下げていきます。労働生産性を高めるために企業ができることについても触れています。
【目次】
女性の生物学的特性と労働生産性
男性のメンタルバランス生産性
企業と社会に求められる対応策
さいごに
女性の生物学的特性と労働生産性
ホルモンバランスの変動は仕事のパフォーマンスに関係があるのか?
本調査は、黒田教授がこの調査は、大手製造業1社と協力し実現した産学連携プロジェクトで、当該企業に務める正社員の男女を対象に調査が行われています。「日々の体調不良を感じる頻度が、男女でどの程度異なるのか」を20~30代の500人を対象に56日間の追跡調査をしたものです。
この調査結果でわかった健康状態の違いとして、男性の半数強は、56日間のほとんど(8~10割)身体・メンタル症状がなかったと回答しています。それに対して、女性のグループを見ると症状が全くなかった日の方が少ないことがわかりました。
大前提、ひとくくりに女性といっても、ホルモンバランスによってどれだけ労働生産性に違いがでるかは、個人差によるところが大きいです。女性特有の症状があるのか、比較的少ないのか、そして症状はあるものの、ピルなどの投薬によってコントロールしているか、などによって個人差が大きいです。
この調査結果からわかることとして、女性は一ヶ月のうち、6~9日間程度、何らかの要因で具合が悪いということが言えます。そしてさらに調査は、体調不良が労働生産性に影響を及ぼしていくのかをみていきます。
さきほど男性の半数強はメンタル・身体の症状がなかったと触れましたが、逆説的にいえば残り半数の男性はメンタルもしくは身体的症状がでている、ということです。
男女ともに身体的・精神的体調不良があると労働生産性が低下することも合わせて明らかになりました。
具体的にどのような体調不良が労働生産性に影響するのでしょうか。
研究内のデータによると、女性が月経による体調不良をあげている内容として
身体症状では、「頭痛」「めまいや吐き気」「腹痛」があげられます。またメンタル症状として、「集中力の低下」「いつもよりも眠くなりやすい」「疲れやすい」といった症状があげられています。
このような生理的要因は、これまで労働経済学の議論では十分に考慮されてきませんでした。しかし、データを収集・分析することで*生理周期に伴うパフォーマンスの変動をより科学的に捉え、適切な対策を講じることが可能になります。
本調査で興味深いのは、身体症状が男女で同程度に悪い場合、男性の生産性低下幅が100だとして、女性は60程度にとどまっている点です。女性は月周期で定期的に身体的症状が現れる人が多いものの、症状がでたとしても生産性が低下しないように食い止めている傾向があるということです。一方メンタル症状がでたときの生産性低下幅は、平均的に男女ともに差はありませんでした。女性の月経周期による不調症状をみてきましたが、男性にフォーカスするとどうでしょうか。
男性のメンタルバランスと生産性
ストレスと労働パフォーマンスの関係
一男性は女性のようにホルモンバランスの周期的な変動はありません。一方でストレス管理が生産性に大きく影響することが分かっています。
例えば、
長時間労働や職場のプレッシャーが、精神的な疲労を引き起こす。
ストレスが蓄積すると、注意力の低下や意思決定のミスが増加する。
しかし、男性は体調不良を理由に欠勤することが少なく、出勤を続けるもののパフォーマンスが低下する傾向がある。
これは、これまでの研究(Ichino & Moretti, 2009)でも示唆されていましたが、本研究では「ストレスをため込むことが長期的な生産性低下につながる」点がより明確に示されました。ストレスをためこまない個人と組織の工夫が、男女ともに労働生産性を高める鍵であることがわかりました。
企業と社会に求められる対応策
この調査を踏まえて、企業はどのような対策を打つべきでしょうか。まず女性と男性は生物学的ホルモンの動きで現れる身体症状が異なることをお互いに認識しておくことが大切です。また、今回紹介した調査は「ホルモン」に着目したものですが、個人差が大きく、また男女に関わらず個人で持つ特性・特徴(たとえば、発達障害をもっていること、身体的障害があること、ケガなど)も踏まえると男女に区切らずにさまざまな仕掛けが必要であることが理解できます。
その上で、女性の7割以上は毎周期に体調不良を迎えることは、制度や意識改革で改善し、生産性を高める支援をすることが可能です。
労働時間や働き方の柔軟性を持つ:(フル)フレックス制度を導入したり、一部リモートワークを導入することで、個人の体調不良のタイミングに合わせて柔軟性を持たせることができる
生理・妊娠・出産に関する知識向上:長らく日本では「生理」はタブー視され、男性の上司がどう配慮したらいいかわからない、という声もあります。本調査によると、「自分の体調不良については特に異性の上司や同僚には積極的に話さない」という声も多く、社会全体的にどう環境を整備したらいいかわからないという点も考慮すべきでしょう。e-learning・研修 など組織全体で学べる機会を持つといいでしょう。
人事制度を見直す:まだ経営者や評価者の中では潜在的に「休みが多い人・体調が悪い人はNG」という考え方が流布しており、体調不良に限らず、休みが多くなりがちなワーキングマザーにペナルティが与えられる(昇格・昇進の遅れ)がでることがわかっています。(Unpacking the Child Penalty Using Personnel Data: How Promotion Practices Widen the Gender Pay Gap. 2025, Yoko Okuyama, Takeshi Murooka, and Shintaro Yamaguchi)
生理休暇を廃止する:「生理休暇」という名称で休暇制度を作っている企業も多いでしょう。厚生労働省の調査によると、生理休暇を請求した女性労働者の割合は1997年の3.3%から2020年には0.9%に減少しています。さらに別の調査では80%以上が「生理休暇」を使ったことがない、といいます。生理と認識されない名称に変更することで、97.2%の女性が休暇を利用したいと回答していることから、誰にでも使える休暇を柔軟に設計することが重要です。
メンタルヘルスサポートプログラムを導入する:これは男女にか関わらず、ストレスの高い職場やプレッシャーは労働生産性を大きく下げることがわかっています。メンタルヘルスをサポートするような窓口は、産業医の設置だけでは残念ながら不十分と言えます。専門機関との連携、カウンセラーなどのメンタルケアをしやすい制度や人材設計を考えましょう。
さいごに
男女の生産性に関する議論では、「平等」に加え、「違い」を適切に理解し、それを前提にした職場環境の整備が不可欠です。
女性においては、ホルモンバランスの変化を考慮し、柔軟な働き方を提供することが重要であり、男性においては、ストレス管理を重視し、適切な休息と支援体制を整えることが求められます。今後、データに基づいた科学的なアプローチを導入することで、男女ともに最大限の能力を発揮できる職場環境を構築することが、企業や社会全体の成長につながることが期待できます。
(参考文献)
経済セミナー 2025年2-3月号 No.242 日本評論社



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