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ジェンダーギャップは「構造的な問題」だー努力論では解けない理由


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「ジェンダーギャップは構造的な問題です」

そう聞いたことはありますか?


けれども、「構造的」と言われても、何がどう“構造”なのか、なぜ“努力では解決しない”のかは、案外わかりにくいのではないでしょうか。


たとえば、女性管理職が少ない、男女の賃金格差がある、育児と仕事の両立が難しい。

これらを「女性が頑張ればいい」「意欲の差だ」と語ってしまうことは簡単です。

でも現実には、多くの女性が同じような壁にぶつかる。

この「再現性のある不利」こそが、“構造の存在”を示しています。


本記事では、この「構造的な問題」について深ぼって解説し、解決方法にも言及していきます。


【目次】

1. 「構造的な問題」とは何か

2. ミクロからマクロへ——格差が再生産される構造

 2.1 ミクロ(個人・相互作用)

 2.2 組織

 2.3 マクロ(制度・文化)

3. 「努力」では解決しない理由

 (1) 行動コストが違う

 (2) 期待値が合理的に下がる

 (3) 経路依存(Path Dependence)

4. 「構造」をデータで測る方法

 4.1 Oaxaca–Blinder分解(注¹)

  4.2 ファネル分析

  4.3 自然実験・介入評価

5. 組織の成熟度を可視化する「GDEIB」

 GDEIBの5段階モデル

6. 日本社会の現状

7. 構造を変えるためのアプローチ

8. おわりに

参考文献・情報源


1. 「構造的な問題」とは何か


ここで言う「構造」とは、個人の意思や能力とは関係なく、行動を特定の方向へ誘導してしまう社会の仕組みを指します。


 制度、慣習、文化、評価基準、情報の流れ—— こうした要素が絡み合い、人々の行動や選択肢を静かに制約しているのです。


たとえば次のような状況を考えてみましょう。


  • 昇進条件に「転勤できること」や「残業が可能であること」が暗黙に組み込まれている

  • 重要な会議が夜に設定され、家庭責任を担う人が参加しづらい

  • 「家事・育児は女性が中心」という規範が当たり前になっている


これらは誰かが意図的に差別しているわけではありません。しかし結果として、女性がキャリアで不利になる仕組みを生んでいます。これが「ジェンダーギャップの構造的な問題」です。


では、その「構造」にはどんな特徴があるのでしょうか。

社会学的に見ると、構造は一つひとつの行動や制度の単なる集合ではなく、人々の選択や価値判断を“ある方向に傾ける見えない力学”として機能しています。


つまり、「誰が悪い」と名指しできないのに、特定の結果だけが再現されてしまう。その状態を理解するために、構造の特徴を整理してみましょう。


構造の特徴は大きく3つあります。


  1. 分散的:誰か一人の責任ではない。多くの人が“仕方ないこと”として受け入れてしまう。

  2. 再生産的:一度できた格差が次の世代や次の制度にも引き継がれる。

  3. 不可視的:本人たちもその仕組みを“自然なこと”と思い込み、問題として認識しにくい。


これらの特徴が重なると、個人がどれだけ努力しても、同じ壁が何度も現れるようになります。

つまり、構造的な問題とは「誰かが作った壁」ではなく、社会全体の“当たり前”が壁になっている状態なのです。



2. ミクロからマクロへ——格差が再生産される構造


構造の影響は、個人の行動(ミクロ)から組織、社会制度(マクロ)へと多層的に現れます。


2.1 ミクロ(個人・相互作用)

心理学者アリス・イーグリーらが提唱した「役割一致性理論(Role Congruity Theory)」によると、 社会の中で“リーダー像”と“女性らしさ”が一致しないために、女性は同じ成果でも低く評価されやすいといいます。


たとえば、 主張的で決断力のある女性は「強すぎる」と評価され、同じ振る舞いをする男性は「頼れるリーダー」と評価される。こうしたバイアスを含んだ評価が現場レベルで日常的に起きています。


また、女性は会議での発言が遮られやすい、アイデアが男性の手柄とされる、といった相互作用の積み重ねも無視できません。

これらは一見些細ですが、長期的にみると自信や信頼の格差へとつながります。


2.2 組織

社会学者ロザベス・モス・カンターは「ホモソーシャル再生産」という言葉で、管理職層が自分に似た属性の人材を登用する傾向を指摘しました。

これにより、男性中心の管理職構造が固定化され、同質性が再生産されます。


また、評価制度が「時間投入」や「転勤可否」を基準にしていると、

家庭責任を持つ層が自動的に不利になります。暗黙的に、「長期の時間をかけないと成果が出しづらい」業務量であったり、転勤経験を昇進の一つの軸に組み込んでいる。こうした企業もまだ多く存在します。「男女平等に評価をしている」と実力主義のように見えて、実は構造的に偏っている。 この矛盾が見えにくいのです。


2.3 マクロ(制度・文化)

制度や税制も構造に影響します。

たとえば、日本の「配偶者控除」は“専業主婦モデル”を前提に設計されており、年収130万円を超えると手取りが減るため、女性が労働時間を抑える経済的インセンティブが働きます。


また、「母親は家を守る」「男性は稼ぐ」という文化的期待が、個人の自己イメージにも影響を与えます。父親はフルタイムで母親は家事・育児をメインに担い、パートして働く。するとパートで働く女性が結果として年収が低くなり、かつ責任のある仕事を任されない、といった構図が出来上がります。こうした制度・文化・慣行が重なり、「女性が昇進しづらい」「男性が育休を取りにくい」という構造的な現実が生まれます。



3. 「努力」では解決しない理由


なぜ、これを「個人の努力」では変えられないのでしょうか?理由は大きく3つあります。


(1) 行動コストが違う

同じ成果を出すにも、制度が不利な側には余分なコストがかかります。夜の会議や転勤条件は、育児や介護との両立を困難にし、結果として成長機会が減ることに繋がります。


(2) 期待値が合理的に下がる

昇進や昇給の見込みが低い環境では、人は努力を控えるのが合理的です。このようにして生まれた「意欲の差」を本人の問題と誤解すると、構造の偏りが見えなくなります。


(3) 経路依存

女性が少ない職場では、ロールモデル不在や心理的安全性の低さから、女性がさらに減っていく。こうして「女性がいない組織は女性が入りにくい」という負のスパイラルが続きます。



4. 「構造」をデータで測る方法


「構造的問題」という言葉は抽象的に聞こえますが、実は統計的に検証可能です。


4.1 Oaxaca–Blinder分解

男女の賃金差を「説明できる差(職種や勤続など)」と「説明できない差(構造的要因)」に分解する分析手法です。

OECDや厚労省の調査では、日本の賃金格差のうち約半分が説明不能な差とされており、

これは「同条件でも女性の方が低い賃金に置かれている」ことを意味します。

Oaxaca–Blinder分解とは 1973年にRonald OaxacaとAlan Blinderによって提唱された統計手法。男女の賃金格差を「職種・勤続・学歴などで説明できる部分」と「説明できない(構造的)部分」に分け、後者を制度や評価のバイアスとして推定する。OECD・厚労省もこの手法で日本の格差を分析している。


4.2 ファネル分析

採用→昇進→役員層といった段階ごとに、女性比率がどこで急減しているかを可視化。これにより、構造の“ボトルネック”を特定できます。


4.3 自然実験・介入評価

保育園枠の拡大、リモート勤務導入などの政策を前後比較し、昇進率や離職率がどう変わったかを測定する。

これらは「構造」を数値で証明する方法です。



5. 組織の成熟度を可視化する「GDEIB」


構造的問題を解消するには、組織の成熟度(DE&Iの浸透度)を客観的に把握することが必要です。国際的に広く用いられているのが「Global Diversity, Equity & Inclusion Benchmarks(GDEIB)」です。


GDEIBの5段階モデル

  1. Inactive(非活動):DE&Iを意識していない。差別的発言が放置される段階。

  2. Reactive(反応的):問題が起きたときだけ対応する。個別対処的。

  3. Proactive(能動的):方針を立て、データを収集し、組織的に取り組み始める。

  4. Progressive(先進的):制度・評価・文化にDE&Iが組み込まれ、心理的安全性が高まる。

  5. Best Practice(模範的):外部にも影響を与えるリーダー的存在となる。


多くの企業はLevel 2〜3に位置しており、 Level 4を目指すためには「経営戦略そのものへの統合」が不可欠です。

GDEIBの5段階成熟度モデルとは Julie O’MaraとAlan Richterらが開発した、組織のDE&I実践度を測る国際指標。Level 1(非活動)〜Level 5(模範的)までの5段階で、組織文化・リーダーシップ・採用・教育など15領域を評価する。ISO 30415より実践的で、自己評価ツールとして利用される。


6. 日本社会の現状


世界経済フォーラム『Global Gender Gap Report 2024』によると、日本は146カ国中118位。経済分野でのスコアが特に低く、管理職に占める女性比率は約15%。

OECDのデータでは、日本の男女賃金格差は約22%で、先進国の中でも大きい水準です。厚生労働省の「令和6年度雇用均等基本調査」によれば、女性の育休取得率は約86.6%に達する一方、男性は40.5%にとどまります。男性の育休取得の半数は2週間以内という短期間に留まり、制度はあっても、利用しづらい文化や慣行が“構造”として残っているのです。


7. 構造を変えるためのアプローチ


「意識を変える」だけでは限界があります。 構造的な問題には、構造的なアプローチが必要です。


  • ルールの再設計:昇進条件から転勤・残業要件を外し、成果とチーム貢献で評価する。

  • 情報の透明化:昇進基準や賃金レンジを社内で公開。

  • プロセスの標準化:面接や評価を構造化し、恣意性を排除する。

  • デフォルト設計:育休やリモート勤務を「例外」ではなく「標準」にする。

  • ネットワーク介入:重要プロジェクトを“声かけ”ではなく“公募デフォルト”にする。


これらの施策は一見地味ですが、仕組みを変えることこそが、最も確実で持続的な変化をもたらします。


9. おわりに


ジェンダーギャップは、能力や意欲の差ではありません。制度設計と社会規範が生み出す構造的な不均衡の結果です。

そして構造は、可視化し、測定し、再設計できる。「努力すれば報われる社会」に近づくためには、まず“報われる構造”そのものを作り直さなければなりません。



📚 参考文献・情報源

  • Phelps, E. S. (1972). The Statistical Theory of Racism and Sexism. AER.

  • Eagly, A. H., & Karau, S. J. (2002). Role congruity theory of prejudice toward female leaders. Psychological Review.

  • Kanter, R. M. (1977). Men and Women of the Corporation.

  • Cotter, D. A., et al. (2001). The Glass Ceiling Effect. Social Forces.

  • Ibarra, H. (1993). Personal Networks of Women and Minorities in Management. AMR.

  • OECD Gender Data Portal: https://www.oecd.org/gender/

  • 世界経済フォーラム Global Gender Gap Report 2024: https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2024

  • 内閣府 男女共同参画白書: https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/index.html

  • 厚生労働省「令和6年度雇用均等雇用調査」

  • ISO 30415:2021 Human resource management — Diversity and inclusion

  • Global Diversity, Equity & Inclusion Benchmarks (2021 Edition)

  • ILO (2019). Women in Business and Management: The Business Case for Change.


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