「そんな年して新しいことするの?」それ、実はハラスメントです。
- 沙百合 山下
- 9月4日
- 読了時間: 11分

はじめに:気づかぬ間に相手を傷つける言葉の正体
「そんな年して新しいことするの?」
「女の子なのに、数学得意なのすごいね」
「男なのに手先器用なんだ。ピアノ弾けるの珍しいね」
「お母さん早くかえってきてほしいって子供が泣いてるはず。早く帰りなさい」
これらの言葉、あなたは「優しさ」や「配慮」だと思いますか?
それとも何か違和感を感じますか?
これらは実は特定の集団(年齢、性別など)に対する無意識のバイアスが含まれた言葉で、「マイクロアグレッション」(無自覚な差別)と呼ばれるものです。本記事では、日常に潜むマイクロアグレッションの実態と、その対策について詳しく解説します。
【目次】
マイクロアグレッションとは何か
小さくても蓄積する「ことばの暴力」
マイクロアグレッションの3つの種類
日本の職場におけるマイクロインサルトの実態
「褒め言葉」に隠された侮辱
「気にしすぎ」の罠。マイクロインバリデーションとは
訴えを矮小化する言葉の危険性
マイクロインバリデーションの対話例をみてみましょう
マイクロアグレッションが職場や社会に与える影響
目に見えない障壁
職場での悪影響は、退職や生産性低下につながる
マイクロアグレッションへの対処法
個人レベルでできること
組織レベルでの対策
一人ひとりの意識改革から始める
参考文献・リソース
さらに学ぶためのリソース
マイクロアグレッションとは何か
小さくても蓄積する「ことばの暴力」
マイクロアグレッションとは、日常における一見些細な言動で、発言者の意図に関わらず、相手に偏見や侮辱を感じさせて傷つけてしまうことを指します。明確な差別とは言い切れない微小な攻撃性を帯びたコミュニケーションであり、そのため「自覚なき差別」「無意識の差別」とも呼ばれます。
コロンビア大学の心理学者スー(Derald Wing Sue)教授による2010年の研究では、こうした小さな日常的な差別は、明らかな差別行為と同程度の心理的ダメージを与える可能性があることが示されています。また、ハーバード大学の研究チームが2018年に発表した調査では、マイクロアグレッションの継続的な経験が、うつ状のリスク増加と関連していることが報告されています。
ジェノサイドといった迫害行為やヘイトスピーチのような人権侵害を伴う差別は、ある日突然生まれるわけではなく、その下地になるようなものがあって発生するものです。マイクロアグレッションは差別の地続きであることが、これらの研究からも明らかになっています。

マイクロアグレッションの3つの種類
マイクロアグレッションは学術的に以下の3つに分類されます。
マイクロアサルト (microassault):
意図的な差別的言動
例:あからさまな人種差別的発言、障害者を嘲笑するなど
マイクロインサルト (microinsult):
無意識に相手の尊厳を傷つける言動
例:「女性にしては論理的」など、見せかけの褒め言葉による侮辱
マイクロインバリデーション (microinvalidation):
相手の経験や感情を否定・無効化する言動
例:「気にしすぎ」「大げさだよ」など問題提起を矮小化する発言
本記事では、特に日本の職場や学校でよく見られる「マイクロインサルト」と「マイクロインバリデーション」に焦点を当てて解説します。
日本の職場におけるマイクロインサルトの実態
「褒め言葉」に隠された侮辱 2021年に森元首相の発言として大きな注目を集めた「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」を覚えていますか?これはまさにマイクロインサルトの代表例です。一見すると客観的な観察のように装われていますが、そこには女性に対する無意識の偏見が含まれています。
他にもマイクロインサルトの例として:
「女性にしては論理的だね」
「お子さんが小さいのに、働いていてえらいね」
「男っぽい性格だから出世できるんだよ」
「若いのにしっかりしてるね」
「今時の若者は根性ないよね」
「このITツール、あなたの世代には難しすぎるかも」
これらは一見「褒め言葉」や「心配り」のように見えますが、実際には特定の属性(性別、年齢など)に対するステレオタイプや偏見に基づいています。
あなた自身は、こうした発言をされた経験や、無意識に発言してしまった経験はありませんか?少し振り返ってみてください。
「気にしすぎ」の罠。マイクロインバリデーションとは
訴えを矮小化する言葉の危険性
マイクロインバリデーション(microinvalidation)とは、相手の感じていること、経験していることを否定・無効化してしまうような発言や行動を指します。
「そんなに気にしなくてもいいよ、冗談だって」
「セクハラってほどじゃないでしょ?」
「うちの会社は男女平等だから、差別なんてあるわけないよ」
「年のわりに頑張っているんだから、文句いわないで」
これらの発言は意図的でないことが多いのですが、受け手にとって「自分の存在や感じ方が軽んじられた」と感じられ、心理的に強いダメージを与えます。
マイクロインバリデーションの対話例をみてみましょう
以下は職場でよく見られる会話の例です。
部下: 「先日の会議で、私の発言だけ無視されて気分が悪かったです...」
上司: 「気にしすぎだよ。きっとたまたまだし、誰もそんなつもりはないよ」
ここで上司は部下の気持ちを和らげようとしていますが、実際には部下の経験を無効化し、問題を矮小化しています。
これにより部下は「自分が過剰反応しているのかも」と感じ、さらに声を上げづらくなるという悪循環が生じます。
より適切な声がけをするためにはどうすればよいでしょうか?例えばこんな声がけをするのがより適切といえます。
部下: 「先日の会議で、私の発言だけ無視されて気分が悪かったです」
上司: 「そう感じたんだね。具体的にどんな状況だったか教えてくれる?今後そういうことが起きないようにしたいから」
マイクロアグレッションが職場や社会に与える影響
目に見えない障壁
マイクロアグレッションは組織や社会に大きな影響を与えています。その一例が東京大学の「UTokyo男女⁺協働改革#WeChange」キャンペーンです。
東京大学は2026年度までに女性の割合を学生(大学院含む)は30%以上、教員では25%以上とする目標を掲げていますが、現在は女子学生が24.6%、女性教員は17.6%にとどまっています。この改革の一環として、「なぜ東京大学には女性が少ないのか」という問題提起がなされ、「女の子なのに東大?」「女の子なんだから浪人しないで」といった言葉が多く浴びせられた経験談をポスターにして掲示するキャンペーンが実施されました。

このように、マイクロアグレッションや無意識の偏見が、教育機会や職業選択における見えない障壁となっている可能性が指摘されています。
職場での悪影響は、退職や生産性低下につながる
リクルートワークス研究所の2023年の調査によると、マイクロアグレッションを繰り返し経験した従業員は、そうでない従業員に比べて以下のようなデータがわかっています。
転職意向が2.3倍高い
仕事の満足度が37%低い
生産性が約20%低下する
2023年にXで流行した「#私が退職した本当の理由」というハッシュタグでは、9万件を超えるセクハラやマイクロアグレッションに関する声が寄せられました。「相談しても対応してくれなかった」という声も多く見られ、マイクロアグレッションとその対応の不備が離職の大きな原因になっていることがわかります。

私自身や私の身の回りでも、このような声がけは多々体験したり、見聞きしています。
「女の子なのにそんなに勉強しなくていい」
「女性は子どもが出来たらどうせ仕事やめちゃうしね」
「若い女の子にこのプロジェクトを任せて大丈夫なの?」
「小さな子どもがいるから責任ある仕事を任せないほうがいいよね?」
「女性は細かいことにも気が付くし配慮できるよね」
「女性は感情的になるから、気を付けないとね」
「男性だから暴力的になっても仕方がないんだ」
上記の内容はほんの一部の例です。
マクロアグレッションの中には、親切心から発言されている場合もあります。例えば、小さなお子さんがいらっしゃる女性社員に対して「大変だろうから責任ある仕事ではなく、安定的かつ融通の利くプロジェクトにアサインするのがいいだろう」と企業側が気を遣った結果、その女性社員は退職してしまいました。
その女性社員はとても向上心の強い方で、もっとチャレンジングな仕事をしたかったし、マネージャーになることも望んでいたにも関わらず、企業側は”安定的かつ融通の効く”プロジェクトから彼女を外すことはありませんでした。
その女性は、別の会社に転職し今も自分のパフォーマンスを発揮しながら、どんどん成長を続けています。企業側がマイクロアグレッションに気が付いていれば、このような優秀な人材を逃すことも無かったかもしれません。
マイクロアグレッションへの対処法
個人レベルでできること
マイクロアグレッションは表面的には攻撃性が低く、相手にも悪意がないことが多いため、訴えづらいものです。しかし、我慢し続けることは解決になりません。以下の対応を検討しましょう。
直接的に声を上げる
「今の発言は不適切だと感じました」と冷静に伝える
例:「女性にしては論理的」と言われたら、「性別に関係なく、論理的思考は誰にでも身につけられるスキルです」と伝える
バイスタンダーの介入を求める
バイスタンダーとは、その場に居合わせた第三者のこと
同僚や信頼できる上司に「あの場面で気になったことがある」と相談する
例:「先日の会議で〇〇さんの発言が気になりました。次回同じようなことがあったら、サポートしていただけませんか」
タイミングをずらして対処する
その場で言い返すのが難しい場合は、後日冷静に伝える
例:「先日の〇〇という発言について話したいことがあります」
証跡を残す
言われた発言(直接的に言われたこと、チャットなど)の記録を保存する
公式な相談窓口を利用する
状況が改善しない場合は、人事やハラスメント対応窓口に相談する
2020年6月施行の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、企業はハラスメント相談窓口の設置が義務付けられています
組織レベルでの対策
組織として取り組む対策として、以下のようなものがあります。
アンコンシャス・バイアス研修の実施
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は誰もが持つものであり、完全に排除することはできません。しかし、自分がバイアスを持っていることを認識することで、言動を改善できます。研修は一度きりではなく、少なくとも年に1回は実施しましょう。
明確な方針策定と相談体制の整備
ハラスメント防止ポリシーにマイクロアグレッションも明確に含める
相談窓口を設置し、些細なことでも安心して報告・相談できる体制を作る
相談者が報復を恐れないよう、匿名性の確保や報復禁止ポリシーを明確にする
心理的安全性の高い職場環境の醸成
「おかしいことはおかしい」と声を上げられる文化・空気づくり
定期的な従業員満足度調査やフィードバック制度の導入
上司や管理職が率先して心理的安全性を重視する姿勢を示す
具体的な言い換え例の共有
マイクロアグレッションを避けるための言い換え例を社内で共有する
例:
❌「女性にしては論理的だね」→⭕「論理的な分析をありがとう」
❌「若いのにしっかりしてるね」→⭕「とても的確な意見だね」
❌「お子さんが小さいのに、よく働けますね」→⭕「いつも素晴らしい仕事をしていますね」
❌「このITツール、あなたの世代には難しいかも」→⭕「このツールについて質問があればいつでも聞いてください」
一人ひとりの意識改革から始める
マイクロアグレッションは、発言者に悪意がなくても受け手に大きな影響を与えます。一つ一つは小さく見える言動でも、繰り返されることで深刻なストレス源となり、職場環境や社会全体に負の影響をもたらします。
私たち一人ひとりが自分の無意識のバイアスに気づき、言動を見直すことが重要です。また、組織としても明確な方針と対応策を整備し、すべての人が尊重される環境づくりに取り組むことが求められています。
マイクロアグレッションに気づいたとき、「これは些細なことだから」と黙っていくのではなく、適切な方法で声を上げていきましょう。
参考文献・リソース
Sue, D. W. (2010). Microaggressions in everyday life: Race, gender, and sexual orientation. John Wiley & Sons.
リクルートワークス研究所 (2023). 職場におけるマイクロアグレッションの影響に関する調査.
経済産業省・東京大学共同調査 (2022). 職場におけるジェンダーバイアスの実態調査.
日本財団ジャーナル. マイクロアグレッション特集. https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/
UTokyo男女⁺協働改革#WeChange. https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/actions/wechange.html
NHKニュース. #私が退職した本当の理由 ハッシュタグ分析. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250308/k10014742341000.html
さらに学ぶためのリソース
無意識のバイアスチェックテスト: https://implicit.harvard.edu/implicit/ (ハーバード大学提供)
日本ハラスメント防止機構: https://www.harasu.go.jp/ (相談窓口や研修情報)
厚生労働省 ハラスメント対策ガイドライン:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
(著:玉村優佳)



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