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子育てする父親は昇進するのか?矛盾する『父親プレミアム』の実態


子育てをする父親と母親の昇進格差について問題提起する記事のタイトル画像

2025年初頭に東京大学の山口教授らが発表した「企業内の昇進システムが生む『子育てペナルティ』」は大きな話題を呼びました。この研究では、子育て期の労働時間減少がその後の昇進機会を大きく制限し、長期的には男女間賃金格差の主な原因となることを、大手製造業の研究データから明らかにしています。


本研究によれば、働く女性は産休・育休を機に労働時間が制限され、その結果として昇進機会も制限されることが示されています。では、子育てをする父親の場合はどうでしょうか?


実は諸外国では「父親プレミアム」についての研究も進んでおり、子育てをする父親が逆に賃金が上がったり、昇進しやすくなったりする現象が確認されています。今回は、なぜ父親プレミアムが発生するのか、そして子育てする父親が従来の女性のように1年の育休を取得したり、時短勤務など働く時間を制限した場合にも「父親プレミアム」が発揮されるのかについて、研究論文を基に考察しました。


【目次】

  • 父親プレミアムの本質

  • フルタイム長時間労働という「理想的労働者像」と父親プレミアムの関係

  • 日本におけるパタニティハラスメントの実態

  • 日本社会において父親プレミアムと子育てペナルティの問題を解決するためには

  • 伝統的なジェンダー規範を破るには総合的なアプローチが必要


父親プレミアムの本質


父親プレミアムとは、男性が父親になることで賃金や昇進などの面でプラスの評価・待遇を受けやすくなる現象です。この現象は「母親ペナルティ(Motherhood Penalty)」と対をなすものとして認識されています。女性が出産・育児で賃金が下がりやすい傾向にある一方、男性は子どもを持つことでむしろ収入面で優位に立つことがあるのです。


父親プレミアムが最も顕著に現れるのは、「家庭を養う主たる稼ぎ手(breadwinner)」として見なされる男性です。つまり、この現象は男性の育児参加や家庭へのコミットメントが評価されるというよりも、「家庭を支える責任感がある」「より稼ぐ必要がある」というイメージがプラスに働いていると解釈できます。


日本では、男性にかかる「稼ぎ手プレッシャー」や「結婚・家庭を持って一人前だ」という考え方がまだ根強く残っています。内閣府の調査によると、男性の約8割が「(結婚したら)家族のために、仕事は継続しなければならない」と考えています。これは本人が仕事を続けて稼がなければいけないという内的プレッシャーと、それを期待する社会的外圧がかかることも容易に想像できるでしょう。固定的性別役割分担意識は変化はしてきているものの、会社の意思決定層を占める40代以上の男性の過半数は「結婚=一家の大黒柱」と考えており、この固定的な考え方にはまだ変化が穏やかなようです。



フルタイム長時間労働という「理想的労働者像」と

父親プレミアムの関係


父親プレミアムを理解する上で重要なのは、この現象がフルタイムで長時間労働ができ、全国(全世界)へ転勤ができるという「理想的労働者像」が社会的規範と密接に関連している点です。多くの企業文化において「理想的労働者」とは、フルタイムで働き、長時間労働を厭わず、仕事を最優先する人材を指します。日本の企業文化ではこの傾向が特に強く、長時間労働や会社へのコミットメントが高く評価される傾向があります。この傾向については東京大学が発表した「子育てぺネルティ」でも証明されました。


父親プレミアムは、父親としての役割を担いながらも、この「理想的労働者像」に沿った男性に最も顕著に見られます。子どもがいることで「家族を養う責任がある」と見なされ、それがより熱心に働く動機として評価される一方、実際に育児に時間を割くために働き方を変えると、その評価は一変する可能性があるのです。


男性が父親になったことを理由に時短勤務やパート勤務を選択する場合、「理想的労働者像」からの逸脱とみなされやすくなります。長時間労働が当然視される職場環境では、時短勤務やパート勤務は「仕事へのコミットメントが低い」と判断されるリスクがあるのです。また、一般的に男性には「フルタイムでバリバリ働くこと」が期待される場合が多いため、パートや時短に切り替える父親は、上司や同僚から疑問や不信感を抱かれやすい状況が生じることがあります。こうした状況の結果として、父親プレミアムが減少したり消失したりする可能性が高まります。


育児休業についても同様の問題が存在します。多くの国や企業で制度上の男性育休は存在するものの、実際に取得する男性はまだ少数派というケースが多く、取得すると「昇進コースから外される」「重要な案件から外される」などの報告も見られます。育児休業や時短勤務の取得を推奨している企業・職場では、制度利用をネガティブに捉えにくい環境が整っている場合がありますが、そのような場合でも、利用期間が長期になるほど評価が下がりやすいなど、「必要最低限ならば大目に見られるが、長期取得は歓迎されない」といった微妙なラインが存在することが指摘されています。

これらは、海外でも同様の研究結果として報告されています。


男性育休取得率が高まる企業では、制度利用への抵抗感やネガティブ評価が相対的に減少するとの調査結果もあり、組織文化や上司の意識が大きく影響すると言われています。



日本におけるパタニティハラスメントの実態


日本では「パタハラ(パタニティハラスメント)」という言葉が注目されるようになりました。これは男性が育児休業の取得や子育てを理由に時短勤務などを希望した際に、職場で受ける嫌がらせや不利益な扱いを指します。


2019年に労働政策研究・研修機構が実施した調査によれば、男性の育休取得を阻む要因として「職場の雰囲気」が大きいことが指摘されています。「男性が育休を取得することへの職場の理解がない」「代替要員の確保が難しい」といった問題が浮き彫りになっています。


具体的なパタハラの例としては、育休取得を申し出た男性社員に対する「キャリアに響くぞ」といった発言や、復帰後の降格、重要なプロジェクトからの除外などが報告されています。2021年の連合総研の調査では、育休取得経験のある男性の約30%が何らかの不利益を経験したと回答しています。


こうした状況は、「男性は仕事、女性は家庭」という伝統的な性別役割分業意識が依然として根強いことを示しています。日本の「男性=理想的労働者」という規範は、男性の育児参加を阻む大きな障壁となっているのです。



日本社会において父親プレミアムと

子育てペナルティの問題を解決するためには


日本社会において父親プレミアムと子育てペナルティの問題を解決するためには、いくつか重要な課題があります。


「男性=仕事中心」という固定観念の変革

2021年に実施された内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」によれば、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に賛成する割合は低下傾向にあるものの、依然として約30%の人が賛成しています。こうした意識改革は一朝一夕には進みませんが、教育や啓発活動を通じて地道に取り組む必要があります。


企業の評価システムの見直し

労働時間の長さではなく、成果や効率性を重視する評価システムへの移行が求められます。また、育児に積極的に関わる男性社員のキャリア形成を支援するための具体的な施策も必要でしょう。


法整備と職場環境の醸成

2022年に施行された改正育児・介護休業法では、男性の育休取得促進のための「出生時育児休業(産後パパ育休)」が創設されるなど、制度面での整備も進んでいます。しかし、制度があっても利用されなければ意味がありません。法整備と同時に、利用しやすい職場環境の醸成が重要です。


ロールモデルの可視化

育児に積極的に関わりながらキャリアを築く男性のロールモデルを増やし、そうした生き方・働き方が社会的に認められるという実感を広げていくことが大切です。



伝統的なジェンダー規範を破るには

総合的なアプローチが必要


日本における父親プレミアムと子育てペナルティの問題は、伝統的なジェンダー規範と現代社会の要請との間の矛盾を浮き彫りにしています。「男性=理想的労働者」という規範が依然として強く、育児に積極的に関わろうとする男性がキャリア上のリスクを負うという状況は、男女共同参画社会の実現を阻む大きな障壁となっています。


しかし、近年の法整備や一部企業の取り組み、若い世代の意識変化など、状況を変えうる兆しも見えてきています。今後は、制度面での充実と同時に、企業文化や社会意識の変革も含めた総合的なアプローチが求められるでしょう。


育児に積極的に関わる父親も正当に評価され、男女がともに仕事と家庭を両立できる社会へと変革していくことが、持続可能な社会の実現に向けて不可欠です。父親プレミアムと子育てペナルティの問題は、単なる個人の選択の問題ではなく、社会全体で取り組むべき重要な課題なのです。


(参考文献)

(関連文献)

  • Budig, M. J. (2014). "The fatherhood bonus and the motherhood penalty: Parenthood and the gender gap in pay." - 父親プレミアムと母親ペナルティの基本概念について

  • Correll, S. J., Benard, S., & Paik, I. (2007). "Getting a job: Is there a motherhood penalty?" American Journal of Sociology, 112(5), 1297–1338. - 労働市場における母親ペナルティと父親プレミアムの実証研究

  • Rudman, L. A. & Mescher, K. (2013). "Penalizing men who request a family leave: Is flexibility stigma a femininity stigma?" Journal of Social Issues, 69(2), 322-340. - 男性の育休取得に関する偏見の研究

  • 水落正明 (2006). 「育児休業取得の賃金への影響」『日本労働研究雑誌』No.553 - 日本における子育てと賃金への影響に関する分析

  • 久保田滋・松信ひろみ・前田正子 (2019). 『労働政策研究・研修機構報告書 男性の育児休業取得促進のための課題』 - 日本における男性の育休取得に関する実態調査

  • 前田正子 (2017). 『「子育て支援」の経済学』 - 日本における「見えない子育てペナルティ」の概念に関する研究

  • 松田茂樹 (2018). 『男性の育児参加と労働時間』『社会学評論』69(2) - 日本企業における評価・昇進システムと男性の育児参加の関係

  • 山口一男 (2017). 『「働き方改革」の経済学』 - 日本の労働市場における「理想労働者規範」の概念

  • 労働政策研究・研修機構 (2019). 『男性の育児休業取得に関する調査』 - パタハラの実態調査データ

  • 連合総研 (2021). 『男性の育児休業取得に関する調査報告書』 - 男性の育休取得による不利益の統計データ

  • 内閣府 (2021). 『男女共同参画社会に関する世論調査』 - 日本社会におけるジェンダー規範に関する意識調査

  • Pleck, J. H. (2010). "Paternal Involvement: Revised Conceptualization and Theoretical Linkages with Child Outcomes." - 父親の育児関与が子どもに与える影響に関する研究


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