【全解説】キャリア市場の変化で企業が対応すべきこと
- yukatamamura
- 2月28日
- 読了時間: 13分
更新日:9月4日

現在、人材市場は大きく変化しています。
戦後復興から高度経済成長期にかけて確立された日本的経営の支柱、終身雇用と年功序列制度は、1990年初頭まで日本企業の組織運営の基盤でした。この時代、就職とは「良い会社に入社し、定年まで勤め上げる」ことを意味し、特に大手企業の正社員という地位は社会的安定と尊敬の象徴でした。企業側も従業員を「家族」として扱い、長期的な人材育成を重視していました。
しかし1991年末のバブル経済崩壊は、この安定した雇用構造に激震をもたらしました。
1990年代半ばから2000年代初頭にかけての「就職氷河期」では、企業の採用抑制により多くの若者が正規雇用の機会を失いました。経済的合理性を追求する企業は人件費削減のため、派遣社員や契約社員といった非正規雇用を急速に拡大。この時期の若者にとって「正社員になること」自体が切実な目標となり、雇用の質よりも雇用形態への関心が高まりました。
2000年代に入ると、グローバル競争の激化とITバブル崩壊を経て、日本企業も徐々に成果主義へと舵を切ります。終身雇用を前提とした「長く働けば自然と給与が上がる」システムは崩壊し始め、個人の能力や成果に基づく評価制度が普及していきました。同時に、インターネットの普及により情報の非対称性が解消され、転職市場の透明性が高まったことで、「一つの会社で一生を終える」価値観から「自分のキャリアは自分で切り開く」という意識へと変化していきました。
2010年代以降、特に働き方改革やデジタルトランスフォーメーションの加速により、雇用市場はさらに多様化しています。個人のスキルや専門性が評価される環境の中で、転職によるキャリアアップを志向する人材が増加。さらに、副業・兼業の規制緩和やリモートワークの普及により、組織に依存しない働き方としてフリーランスや複業を選択する人々も増えています。かつての「安定志向」から「自分らしいキャリア」を追求する価値観へと変化し、個人が主体的に自身の市場価値を高め、多様な働き方を選択する時代へと移行しているのです。
こうした雇用ぼ歴史的変遷を踏まえて、本記事では、キャリア市場の変化と、それに対して企業がどのような対応を打っていくべきか、解説していきます。
【目次】
キャリアが流動化する「キャリア3.0時代」へ
若手社員の退職理由
Z世代の人材育成 ~たった数年で会社を見切る理由~
社員が企業を選ぶ基準が内的要因にシフトしている
企業が取り組むべきこと
経営層に求められる取り組み
現場(マネージャー)に求められる取り組み
人事に求められる取り組み
さいごに:放置せず、定期的に見直しを
キャリアが流動化する「キャリア3.0時代」へ

2020年代以降、世界中で巻き起こった 人権に関する社会運動や、価値観の拡散で多様性と包摂性(ダイバーシティ&インクルージョン)の社会的認識が急速に高まっていきました。国際的なDE&Iに対する意識のうねりだけではなく、急速に人口減少と高齢化が進む日本では、労働力不足への対応がきっ急の課題となり、女性・高齢者・障害を持つ人、外国人、LGBTQ+の人々や障害者雇用など、これまで十分に活用されていなかった多様な人材の活躍が経済的必要性として認識されるようになりました。
新型コロナウィルスの流行で働き方をオフィス中心からリモートワークなど転換を余儀なくされたことで、人々の中でパラダイムシフトが起こり、リモートワークは、育児・介護と仕事の両立が必要な方、そして障害のある方などさまざまな働き方を認めようと「誰もが労働を両立できる社会」への模索をし始めたとともに、求職者も「自分らしく働ける環境」を最優先する割合も増加しました。
終身雇用や年功序列という人事構造を維持できなくなり、また若い世代が労働市場に参加するようになったことで「一社にとどまるのが当たり前」という前提が崩れました。代わりに、キャリア構築のスタンスとして、段階的に成長していくのではなく、「非連続的な成長(キャリアレバレッジ)」を模索するキャリア観が広がっています。
この「非連続的な成長」志向が強まった背景には、複数の社会経済的要因があります。第一に、テクノロジーの急速な進化により、特定のスキルセットの市場価値が突如として高まるという現象が頻繁に起きるようになりました。AIやブロックチェーン、データサイエンスなどの新興分野では、適切なタイミングで専門知識を獲得した人材が短期間で大幅な年収上昇を実現できるケースが可視化され、「キャリアジャンプ」の具体的なロールモデルが増加しています。
第二に、労働市場のグローバル化とデジタル化により、個人の市場価値が以前より透明になりました。オンラインプラットフォームやSNSを通じて自身のスキルや実績を広く発信できる環境が整い、組織内での評価よりも「市場での評価」に重きを置く価値観が浸透しました。これにより、長期的な忠誠心や社内での積み上げ型成長よりも、市場価値を短期間で高めるための戦略的なキャリア選択が重視されるようになったのです。
さらに、こうした「市場価値」重視の風潮は、必然的に「人の市場価値を高める職業」への需要増加につながっています。また、副業・兼業の一般化も、この傾向を加速させています。複数の活動領域を持つことでリスク分散しながら、同時に新たな経験やスキルを獲得できるという「ポートフォリオキャリア」の概念が普及し、キャリアの多角化と非連続的成長を同時に追求する働き方が増えています。
若手社員の退職理由
主にミレニアム世代やZ世代の中で働き方に対する価値観が大きくシフトしていく中、興味深いデータがあります。転職先の企業に関する口コミを集めたWebサイト「Vorkers」では、新卒入社で3年以内に退職した平成生まれの若手社会人の退職理由をランキング形式で公開しており、企業側の「配慮」や「働き方の変化」と「若手社員のニーズ」にこれまでにないミスマッチが起こっているのです。
この調査結果や具体的な意見をもとに、主な離職要因を以下にまとめました。

Z世代の人材育成 ~たった数年で会社を見切る理由~
VOKERSの本調査やさまざまな調査から、若手社員が離職する要因の傾向が見えてきます。
成長を実感しにくい職場環境: McKinseyの2022年調査によれば、離職理由のトップ3に「成長機会の欠如」が挙げられており、特に25-35歳の若手・中堅層では78%がキャリア成長を最優先事項としています[1]。日本においても、パーソル総合研究所の調査(2023)では、「スキルアップの機会がない」と感じている従業員の離職率は、そうでない従業員の2.4倍に達することが明らかになっています[2]。業務負荷が適正でありながらも挑戦的な課題が不足している職場環境では、従業員の技能停滞を招き、長期的な就業意欲低下につながります。
体系的なキャリア開発支援の不足: リクルートワークス研究所の「キャリア自律に関する調査2023」によると、組織内でのキャリア構築に対する明確な指針がない企業では、従業員の65%が「自分の市場価値が向上しているか不安」と回答しています[3]。特に、業務内容と自己成長の関連性が不明確な環境では、従業員は自らの専門性開発において方向性を見失いがちです。また、同調査では目標設定を上司と定期的に行っている従業員の帰属意識は、そうでない従業員の1.7倍高いことが示されています。
組織のビジョンと価値観の不透明性によるミスマッチ: 明確なPurposeやVisionが無く、会社が何を目指しているのか分からないことに対する不満は離職の原因に繋がります。 Gallupの従業員エンゲージメント調査(2021)では、会社の目的やビジョンを明確に理解している従業員は全体の23%に留まり、その理解度とエンゲージメントスコアには強い相関関係が認められています。日本企業に焦点を当てたデロイトの調査(2023)では、明確な企業パーパスを持つ組織の従業員満足度は、そうでない組織と比較して平均32%高く、経営層の一貫性のある姿勢が企業文化の健全性に直結することがわかります。
信頼関係の欠如: 米国心理学会の職場調査(2022)によれば、上司からの適切な承認を受けていると感じる従業員の生産性は、そうでない従業員と比較して平均31%高いことが判明しています。日本においても、厚生労働省の「職場におけるコミュニケーションの在り方に関する調査」(2023)では、上司から定期的に肯定的フィードバックを受けている従業員の定着率は、そうでない従業員と比較して1.9倍高いことが報告されています。
時代錯誤のマネジメント手法:
IBM人材研究所の全世界調査(2023)によれば、権威主義的なマネジメントスタイルを持つ管理職の部下は、参加型マネジメントを実践する管理職の部下と比較して、イノベーション創出が43%低く、離職率が2.1倍高いことが示されています。
多様性を尊重した柔軟なマネジメントが重視される現代において、一方的な指示や画一的な評価基準の押し付けは、特に若年世代の従業員の帰属意識を著しく低下させる要因となっています。日本経済団体連合会の調査(2023)では、「上司が自分の意見を聞いてくれない」と感じている従業員の離職意向は、そうでない従業員の3.2倍に達することが報告されています。
社員が企業を選ぶ基準が内的要因にシフトしている
優秀な社員が企業を選ぶ基準として、「働きやすい環境であること」「給与が高いこと」などの外的メリットが高いことはもはや当たり前に求められる時代が来ています。
それよりも、以下のような”内的要因”に企業を選ぶ基準がシフトしてきています。
自身の市場価値を上げられるキャリア形成が可能であること
自身の価値観・目指す方向性がマッチしていること
会社(社長)のことを信頼できること
また、価値観が内的要因へシフトする理由として、大きく5つの要素が存在しています。
社会・経済の変化: 経済成長が成熟段階に入ったことや、生活水準の向上により、単なる経済的な安定以上のものが求められるようになった。物質的な満足感がある程度満たされると、人々は「自己実現」や「内なる充実感」を求める傾向が強くなる。
ワークライフバランスの重視: 働き方改革やワークライフバランスの重要性が強調され、仕事と私生活のバランスを取ることが幸福の鍵として認識されるようになった。これに伴い、単なる収入や地位よりも仕事自体への興味・満足感が行動動機となっている。
世代間の価値観の違い: ゆとり世代やZ世代は、前の世代と比べて物質的な豊かさよりも経験や自己成長を重視する傾向が強く、仕事に対して「自己実現」や「社会への貢献」といった内的な要因を強く求める傾向がある。
精神的な健康への関心の高まり: 精神的・健康のウェルビーイングに対する関心が高まり、内的な満足感を重視する価値観に影響を与えている。心の健康が仕事の満足感や生活全般の幸福感に直結するという理解が広まった結果、外的な報酬だけでなく、仕事の意義や目的が行動の動機となっている。
テクノロジーの変化と情報の透明性:
インターネットやSNSの普及により、情報の透明性が高まったことで、企業の社会的責任や倫理的な行動に対する関心が高まっている。これにより、企業の価値観やミッションに共感できるかどうかが、仕事に対するモチベーションに大きく影響するようになっている。
企業が取り組むべきこと
ここまでお読みいただくと想像いただけると思いますが、これは現場や人事だけの課題ではありません。企業全体の課題として捉える必要があります。企業側は、「経営層」「現場(マネージャー)」「人事」がそれぞれ戦略的に連携しながら組織の成果と成長を最大化させ、離職率の低下および社員が成長する仕組みを作って行かなければなりません。役職ごとに必要な取り組みをご紹介します。
経営層に求められる取り組み
経営理念を明確にし、組織全体に浸透させる
何を実現すべきか:社員が共感し実践できる経営理念の構築と浸透
ストーリー性のある Purpose(存在意義)を定義し、具体的な業務に落とし込む
Mission(使命)、Vision(未来像)、Value(価値観)を明確にして社内に共有
抽象的な理念を具体的な業務指針に変換し、日常業務との関連性を示す
定期的な理念浸透のためのワークショップやミーティングを実施
市場変化に対応する事業戦略を継続的に進化させる
何を実現すべきか: 現在と未来の市場動向を見据えた戦略的思考と実行
現在のビジネスモデルを常に検証し、時代の変化に合わせて改善する
未来の市場トレンドを先読みし、新たな事業機会を積極的に開拓する
データと直感のバランスを取りながら、効果的な営業戦略を構築する
定期的な事業戦略の見直しと修正のサイクルを確立する
社員との信頼関係を大切に育てる
何を実現すべきか: 開かれたコミュニケーションによる相互信頼の構築
謙虚な姿勢で社員の意見に耳を傾け、対話を重視する
事業への参画機会を創出し、社員一人ひとりの貢献を促進・評価する
経営者の価値観や思考プロセスを積極的に共有する
プライバシーとインサイダー情報以外の情報を積極的に開示し、透明性を確保する
これらの原則を一貫して実践することで、持続可能な組織成長と社員の充実感を両立させることができます。
現場(マネージャー)に求められる取り組み
ワークマネジメント
何を実現すべきか:成果達成を重視した組織運営アプローチ ワークマネジメントとは、ビジネス目標の達成に焦点を当て、「成果」を最大化するためのパフォーマンス重視型のマネジメント手法です。このアプローチでは、メンバーの管理・監督・評価を通じて、組織全体の成果に対する責任を果たします。具体的には:
明確な業績指標(KPI)の設定と進捗管理
効率的なリソース配分と業務プロセスの最適化
客観的な評価基準に基づくパフォーマンス評価
プロジェクト管理とタスクの優先順位付け
ピープルマネジメント
何を実現すべきか:人材の潜在能力を引き出す関係構築アプローチ
ピープルマネジメントは、メンバー一人ひとりに向き合い、その成長と成功にコミットすることで組織価値を最大化する手法です。このアプローチでは、エンゲージメントと自己効力感の向上に重点を置き、個人の価値観や目的を業務への意欲と結びつけます。具体的には:
メンバーの価値観・目標・強みを深く理解する
個人の成長目標とビジネス目標の統合を支援する
定期的な1on1ミーティングを通じた信頼関係の構築
適切なフィードバックとコーチングによる能力開発
人事に求められる取り組み
何を実現すべきか:経営側との連携による人事戦略の実行 人事は経営の下にあるものではなく、経営と表裏一体であることを認識し、経営戦略・方針と紐づいた適切な人事戦略を計画・実行する。具体的には、人事制度、評価制度、福利厚生、採用戦略などの各施策を、会社の目指す方向性と整合させながら設計・運用していくことが求められる。
何を実現すべきか:人的資本経営による人材戦略の実行 人的資本を価値創造に向けた投資と捉え、人材の価値を引き出す人材戦略を実行する。社員個人と企業がともに成長する、自立した関係性を目指し、育成方針の策定や最適な人事配置・異動などを戦略的に行う。人材を「コスト」ではなく「資産」として捉える視点を組織全体に浸透させる。
何を実現すべきか:現場連携による地に足のついた運用
現場(マネージャー/メンバー)の意見を取り入れながら施策を検討し、各取り組みを組織に合った形で導入し、浸透させ、運用 すること。理想論や流行りの施策を単に導入するのではなく、自社の文化や現状を踏まえた実践的なアプローチを取ることで、現実に意味のある施策として機能させる。
さいごに:放置せず、定期的に見直しを
企業の組織運営において、これらの取り組みは「当たり前」のように聞こえるかもしれません。しかし、実際に戦略的に実行できている企業は多くありません。
課題を放置せず、市場の動きを捉えながら、経営層・現場・人事が連携し、戦略的な組織運営を行うことが不可欠です。
まずは、
何を目指すべきか
各組織とどう連携をとるか
誰が・いつ・何をすべきか
どの程度コストをかけるべきか
などを明確にし、効果検証を進めていきましょう。
このようなコンサルティングは弊社でもご支援できますので、いつでもお声がけください。
(参考)
内閣府|雇用の変化とその影響
日本総合研究所|平成30年間の雇用情勢と労働政策を振り返る ~「日本型雇用のアップ・グレード」に向けて~ https://www.jri.co.jp/file/report/viewpoint/pdf/11048.pdf?utm_source=chatgpt.com
マイナビ|終身雇用、年功序列…日本型雇用に対する世代間ギャップと、この20年の意識変化
日本経済新聞 - 若者の価値観変化、仕事に求めるものとは?:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD097K00Z00C24A5000000/
(著:玉村優佳)



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