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ニューロダイバーシティ採用が企業にもたらすメリットとは?(後編)

更新日:9月4日



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前回の記事では、ニューロダイバーシティが医学的・社会的に捉え方が変わったことにより、市民社会での受け入れ方の変化、そして企業へニューロダイバーシティへの注目が高まってきたことについて触れました。


▼前編はこちら


後編では、具体的に成功をした企業の事例と、実際に「ニューロダイバーシティ採用」を始めたい企業向けのステップガイドについて解説をしていきます。

経済産業省のレポートにも詳細が掲載されていますので、ご関心のある方はぜひレポートも合わせてご覧ください。


▼経済産業省レポート


【目次】

  1. 日本企業のニューロダイバーシティ採用成功事例

  2. 海外企業の成功事例と諸外国の障害者雇用をめぐる法規制

  3. ニューロダイバーシティ採用の始め方

  4. ニューロダイバーシティ採用で注意すべきこと

  5. 発達障害の程度に応じた職場環境整備と対応策

  6. さいごに


  1. 企業のニューロダイバーシティ採用成功事例


日本企業でも近年、発達障害を持つ人材の強みを活かし戦力化している例が増えています。

例えば、ゲームソフトのデバッグ(テスト業務)を手掛ける株式会社デジタルハーツでは、ゲーム好きな元フリーター・元ひきこもりの人材を積極採用し、適切な訓練と合理的配慮を提供した結果、並外れた集中力や目標達成への執念といった特性が発揮され、マイクロソフト社向けのXboxゲーム検証業務で社内エンジニアも発見できなかった多数の不具合を発見するなど、高い評価を得るようになりました。デジタルハーツの育成したスペシャリストには顧客から指名される人材も現れており、同社はこの分野で専門性を確立したと報告されています。


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また、小売・サービス業界の例としてサザビーリーグHR(アパレル・飲食等を展開する企業グループの人事会社)では、デジタル業務に発達障害のある人材を採用したところ、本人の高い集中力を活かして高度なITスキルを習得することに成功し、一部の社員は本社のIT部門に異動して活躍するまでになりました。このように業種規模を問わず、IT企業以外でもニューロダイバーシティの利点を活かす動きが出てきています。


アクサ生命保険株式会社では2020年の世界自閉症啓発デーに合わせ社内外への啓発活動を開始し、ダイバーシティ推進の一環としてニューロダイバーシティ概念の浸透に努めています。同社は「ひとつのチーム」を行動指針に掲げ、性別・障がい・LGBTQ+・国籍など多様な人材が働きやすい職場環境を整備しており、発達障害のある人も積極的に受け入れています。


このように大企業から中小規模企業まで、様々な業界でニューロダイバーシティ採用の成功事例が生まれていることがわかります。


  1. 海外企業の成功事例と諸外国の障害者雇用をめぐる法規制


海外に目を向けると、米国や欧州の先進企業が発達障害人材の積極活用により成果を上げている事例が多く存在します。経済産業省の調査によれば、マイクロソフトやSAP(独)、エルンスト・アンド・ヤング(監査法人)、JPモルガン・チェース(金融)など業種を問わず幅広い企業が「未開拓の優秀人材」の獲得を期待して、ニューロダイバーシティ施策を開始し、これまで採用から漏れていた有能な人材の雇用に成功しています。


マイクロソフトは2015年に自閉症者対象の採用プログラムを開始して以降、5年間で170名以上の発達障害人材を雇用し、その中にはOffice製品やXbox開発チームのエンジニアとして活躍する社員もいます。SAP社も2013年から「Autism at Work」プログラムを展開し、ソフトウェアテストなど適性の高い領域で多数の自閉症スペクトラム人材を雇用していることで有名です。


米金融大手JPモルガン・チェースは2015年から自閉症者採用プログラムを立ち上げ、ソフトウェア開発・品質保証・ビジネス分析といったIT分野に加え銀行の窓口業務にも発達障害人材を登用しました。結果として特定業務の生産性が向上し、一部部門では定型発達の従業員よりも高い成果を上げたとの報告もあります(例えばJPモルガンではある業務チームの生産性が従来比48%向上したとのデータも存在)。


このように海外では「強みを活かせば健常者と同等の業務遂行が可能」という確信のもと、発達障害人材を戦略的に受け入れ成果に結び付けています。

海外のニューロダイバーシティ推進を後押ししている要因として、政策・法規制の整備も見逃せません。米国では1990年施行の障害者差別禁止法(ADA)により、発達障害を含む障害のある応募者・従業員への合理的配慮提供が義務付けられています。また、連邦請負企業には障害者雇用比率目標(7%ルール)が課されており、多くの企業がコンプライアンスと人材確保の双方の観点から障害者採用に注力しています。


欧州でも多くの国で障害者雇用クオータ制度があり、例えばドイツでは従業員障害者比率5%以上を義務付けているなど、法的枠組みが企業の取り組みを促進しています。


日本の障害者雇用の法定雇用率は2025年4月に2.7%に引き上げられます。諸外国の流れを鑑みると、今後も段階的に引き上げられることが予想されますので、コンプライアンス順守の観点でも、ニューロダイバーシティ採用は企業の競争力を高めながら進めていくことに大きなメリットがあると言えるでしょう。


  1. ニューロダイバーシティ採用の始め方


日本企業がニューロダイバーシティ採用を始めるにあたっては、経済産業省の調査レポート

で提言されている方法論を参考にするとよいでしょう。



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まず社内で発達障害人材の活躍による効果や必要性を整理し、経営陣の合意形成から着手します。


具体的には、自社の課題感と関連づけられることを探しながら、

「なぜ発達障害のある人材を一般業務に活用するのか」「どんな成果が見込まれるか」を明確にして、これを企業の成長戦略や人材戦略の一部として位置付け、経営層に理解を求めます。社内合意を得る際には、人手不足解消やイノベーション創出など経営課題の解決策としてニューロダイバーシティを位置付けると承認を得やすいようです。


いざ、社内でニューロダイバーシティの合意形成ができたら、次に採用プロセスの見直しを行います。


採用プロセスの見直しは非常に重要です。なぜなら、従来の一律な筆記試験や面接だけでは発達障害人材のポテンシャルを測り損ねる可能性があるからです。選考方法を柔軟に設計することが重要です​。例えば、実務体験型の選考を導入し、可能な限り実際の勤務条件に近い環境で複数日にわたる業務体験を通じて評価する手法であったり、「可能な限り実際の勤務時間帯・場所と同じ条件で複数日実施する」といった工夫を取り入れましょう。

米グーグル社では自閉症の応募者に配慮し、面接時間を延長したり事前に質問内容を提供したり、対話ではなくドキュメント上でタイピングで応答する面接スタイルを導入するなどの工夫を行っています。


このような事例を参考に、日本企業も募集要項や選考方法を見直し、発達障害の特性を踏まえた評価基準を設定することが成功の秘訣です。


例えば口頭よりテキストで指示・質問を行う必要に応じて試験時間の延長や休憩を挟むジョブコーチ(職業支援者)の同席を認める等、選考時から合理的配慮を組み込むことが考えられます。通常の採用プロセスにおいて、発達障害を持つ人が入社審査や面接で通らない理由は以下のようなことが考えられます。


  • 経験社数が多い(配慮のない職場の場合、短期間で離職する可能性が高い)

  • 履歴書の内容が薄い(学習障害などで読み書きが苦手な方がいる)

  • 面接の際に、だまってしまう、面接官の顔をみてはなせない(特性上、上手に会話ができなかったりすることがある。吃音症の可能性もある)


通常の採用プロセスでは「コミュニケーション不足」「離職可能性が高い」など判断されてしまうような事項でも工夫をこらせば、問題にならないことも多くあります。


  1. ニューロダイバーシティ採用で注意すべきこと


企業が陥りがちな課題としては、「特別扱いしすぎる」ことと「全く配慮しない」ことの両極端が挙げられます


前者の場合、発達障害のある社員を戦力として見なさず単にノルマ達成やCSR目的で雇用しているだけになり、本人のキャリア成長や貢献意欲を損ねてしまう恐れがあり、キャリア開発を視野にいれない業務だけを依頼すると離職率が高まる可能性があります。これを避けるため、合理的配慮をしつつも一般社員と同等に評価・登用する姿勢が大切です。


一方で後者の「配慮不足」の場合、必要な支援を行わずに通常社員と同じ基準で扱ってしまい、ミスコミュニケーションや業務上の行き違いが発生して定着に失敗するリスクも忘れてはいけません。例えば指示が抽象的すぎて本人が理解できずにミスを連発したり、環境要因でストレスが溜まり体調を崩したりすると、せっかく採用した人材を失いかねません。

「何に困っているか」「どんな工夫があれば能力を発揮できるか」を本人と対話しながらきめ細かく把握し、必要な配慮はためらわず実施することが解決策となります。


発達障害のある社員と日々働く中での具体的な注意点にも触れておきます。発達障害社員と協働する際の工夫として次のようなポイントが挙げられます。


  • 過集中への注意: 自閉スペクトラム症やADHDの社員は一つのことに極端に集中しすぎて他の業務が滞る場合があります。担当業務の優先順位や全体のスケジュールを上司が見える化し、適宜声かけして視野が狭くならないよう支援しましょう。


  • 指示方法の工夫: 口頭指示だけでは誤解を生む恐れがあるため、可能な限り文章やチェックリストで指示を出すようにすると良いでしょう。実際に「口頭ではなくテキストで指示を出す」ことをルール化した現場では、指示漏れや認識違いが減り円滑に業務が進んだ事例も報告されています。


  • 定期的なフィードバック: 本人が困っていても自分から相談しづらい場合があるため、週1回の1on1面談や日々の朝夕の短い打合せ時間を設け、小さなつまずきも早期にキャッチアップすることを業務ルーチーンとして取り入れましょう。


  • 「想定外」への備え: 環境の変化やイレギュラー対応が苦手な人もいるため、突発的なトラブルが起きた際の対処手順を予め決めて周知しておきます。急な配置転換や業務変更は避け、やむを得ず変更する場合もできるだけ事前に時間をかけて説明し準備してもらうことが大切です。



  1. 発達障害の程度に応じた職場環境整備と対応策


発達障害と一口に言っても、その特性や必要な支援の程度は人それぞれです。企業側は軽度から重度まで多様なニーズに応じた職場環境の整備を行い、各人が力を発揮できる条件を整えることが重要です。


軽度(高機能自閉症やADHDなど知的遅れのない場合)であれば、基本的な業務遂行能力は健常者と変わらないことも多いため、コミュニケーション方法や作業環境の配慮によって能力を引き出せるケースがほとんどです。


一方、重度の場合(日常的に専門的サポートが必要な場合)には、仕事内容や勤務形態をより柔軟に調整し、必要なら専門スタッフの付き添いや特例的な勤務環境を用意することも検討しましょう。


職場環境のカスタマイズは発達障害者の生産性向上に直結します。


例えば自閉スペクトラム症の社員の場合、感覚過敏に配慮して視覚的・聴覚的刺激を減らす工夫が有効だとわかっています。本人の特性と相談しながら、「パーティションやイヤーマフ、サングラスの使用を許可することや、リモートワークの導入などを検討する」ことが推奨されます。​


実際、オフィス内にパーティションで囲まれた静かな作業スペースや、騒音を遮断するヘッドフォンの使用を認める企業も増えました。またADHD傾向の社員にはタスク管理ツールやチャットツールを活用して仕事の指示や報告を視覚的・テキストで行うことで、注意散漫さを補い集中しやすくする取り組みも見られます。報連相(報告・連絡・相談)を文章で行うルールを設けたり、本人の得意分野に没頭できる時間帯を設けるなど、個々人の特性に合わせた柔軟な運用が必要です。


適切な業務へのアサイン(配置)も重要なポイントです。発達障害のある人は一般に「できないこと」より「際立った得意分野」を持っている場合が多いため、業務切り出しや再設計によってその強みを活かせる仕事を割り当てるよう工夫しましょう​。

デジタルハーツではゲームが得意で集中力の高い人材にデバッグ(バグ探し)業務を担当させることで成果を上げました。このように本人の興味や能力にマッチした職務を与えることで、企業にとっても高品質なアウトプットが得られ、社員本人も専門スキルを伸ばしやすくなります。一方で、不得意な業務や過度なマルチタスクは極力避け、作業手順を細分化したり明確な指示書を用意することで負担を軽減できます。これは重度のケースだけでなく軽度の場合でも有効な対応です。


発達障害者の定着・活躍には継続的なサポート制度が欠かせません。社内にメンター(サポーター)制度を導入し、メンターとなる社員が定期的に面談や相談対応を行うことで、困り事の早期発見と対処が可能となります。


また、勤務形態の柔軟化もサポート制度の一環と言えるでしょう。例えば体調や特性に応じて在宅勤務や時短勤務を選択できるようにしたり、フレックスタイム制で本人の調子の良い時間帯に働けるようにすることで、重度の人でも戦力として活躍しやすくなります。こうした勤務形態の柔軟性を持つことは、こうした発達障害をもつ社員だけではなく、子供を持つワーキングペアレンツや、介護がある方、そしてさまざまな病気を抱える従業員にとっても重要です。


軽度の人にはちょっとした配慮で十分な場合もありますが、重度の人には専門的支援や特別な配慮が必要になることがあります。大事なのは、一人ひとりの特性に焦点を当て潜在力を活かすことを諦めない姿勢です。


実際、あるIT企業(株式会社SHIFT)では「できないことではなく才能や能力に目を向けてポジションや環境を整え続けた結果、発達障害のある社員の定着率81.1%という高い水準を達成した」と報告されています。発達障害の有無にかかわらず社員が安心して働ける物理的・心理的環境を整えることは、結果的に全従業員の働きやすさと生産性向上にもつながります。


  1. さいごに


発達障害等を持つさまざまな特性のある人を迎え入れることは、企業の競争力向上や、既存社員の生産性向上や離職率の低下、エンゲージメントを高めることが期待できるなど、さまざまなメリットがあります。個人差があることを念頭におきながら、柔軟な勤務形態や特性におうじた配慮、そして全社員が「受け入れること」への高い意識を持つ続けることによって、企業イメージの向上にも繋がり、今後ますます加速していく人手不足という課題にも対応できるようになるでしょう。


多様な特性のある人々を一つの組織の中で持つことによる効果は絶大です。ニューロダイバーシティについて気になった方はぜひ取り入れることをご検討ください。


(参考文献)


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