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『男らしさの呪縛』が男性から奪うもの|男性にこそ必要なジェンダー平等 #2

更新日:9月16日

『男らしさの呪縛』が男性から奪うもの―シリーズ第2弾のタイトル画像

前回の記事では、「ジェンダー平等は女性だけの問題ではない」ということをお伝えしました。「ジェンダー規範」の弊害について、社会学、労働経済学などさまざまな分野で研究が進んできています。男性らしさとは何かを問う「男性学」の学問の研究が広く研究分野として確立されるようになりました。


電通総研の調査では、「男性らしさにとらわれている男性(INBOX)」の方が「男性らしさにとらわれていない男性(OUTBOX)」よりネガティブ感情を持ちやすく、また暴力の被害者・加害者になる可能性が高い、というお話をしました。


「男らしさ」という見えない鎖は、具体的に男性から何を奪っているのでしょうか?

本記事では、具体的な現象やデータを元に考えます。


【目次】

  • なぜ男性は病院に行かないのか

    • データが示す「我慢の代償」

  • 日本の男性自殺率が物語ること

    • 「助けて」と言えない男たち

  • 職場という「男らしさ競争」の戦場

    • 「男らしさ競争文化」がもたらすもの

  •  でも、変化は始まっている

  •  変化への道のりはまだ続く

  • あなたができる小さな一歩

  • 次回予告


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🏥 なぜ男性は病院に行かないのか


私の家族の話です。働き盛りだった父が、急激に痩せてしまった時期がありました。おそらく仕事の忙しさとプレッシャーで心身共に疲弊していたのだと思います。見た目でも10キロほど体重が減り、家族誰しもが「大丈夫なの?」「病院いったら?」と声をかけるほどに心配をしていました。ですが、父は病院にいくことはありませんでした。あまりの痩せ方に「もしかしたら癌かも...?」と疑った時期もあるほどです。


いまは仕事を引退して元気に過ごしているので、あの時なぜ痩せてしまったのか、私にはわかりません。ですが、父が「病院に頑なにいくことはなかった」という、不可解な事実だけが残りました。


ずっと「なぜだろう」と考えていましたが、この話は決して珍しいことではないことを最近知ることになりました。


📊 データが示す「我慢の代償」


社会的に「男だから弱音を吐くな」だったり「男だから我慢しなさい」と感情を封じることがよしとされる時代が長く続きました。今もまだ、その「弱音を見せないこと=よき男性」という規範がなくなったとは言えません。実際に男性が健康行動を軽んじてしまうことはさまざまなデータで証明されています。先のレポートでも紹介した電通総研の「男性らしさ規範に囚われた男性(インボックス)」を強く信じている人は、「他人に助けを見せるべきではない」「自分が抱える問題は、話すべきではない」と感じていることが分かっています。


「男らしさ」にとらわれた男性ほど、悩みを話せず助けも求めにくい傾向を示すグラフ

男性の健康行動に関する統計

南フロリダ大学のジョセフ・ダンデーロ氏らの研究は、男性の短命の一因として身体的構造だけでなく、「男らしさ」に対する文化的態度が大きく影響していることを明らかにしました。「男らしさ」が不安定で失われやすい社会的地位とみなされる文化ほど、男性が飲酒や喫煙、交通事故などのリスク行動を多くとり、結果として平均寿命が約6.7年、健康寿命が約6.2年短いことが報告されています。


そのほか、以下のような深刻な現実があります。


  • 世界中で、男性は女性よりも平均寿命が短い

  • 男性の早死の主な原因の中には、がん、心血管疾患、呼吸器疾患など、生活習慣に関連する状態がある

  • このような状態を部分的に引き起こす可能性のある健康行動は、女性よりも男性に多く見られ、アルコールの摂取、肉の摂取、喫煙などが関連


世界中の調査によって、「男性らしい規範」が強いほど、健康や心身を犠牲にしていることがわかります。メンタルだけではなく、健康を蝕むほどの社会的問題と言えるでしょう。


💀 日本の男性自殺率が物語ること


厚生労働省の2022年統計による日本の自殺者数をみてみましょう。


  • 男性:14,746人

  • 女性:7,135人

  • 男性の自殺率は女性の2.1倍


特に注目すべきは、40〜50代の働き盛りの男性の自殺率の高さです。


🔍 「助けて」と言えない男たち

男性学研究者の分析によると、男性が「助けて」と言えない背景にはこうした社会的通念が関係していると言われています。


  • 相談することは「負け」という価値観

  • 他の男性も苦しんでいることを知らない

  • 感情を共有する友人関係の不在

  • 「男は問題を自分で解決すべき」という信念


内閣府や男女共同参画局の調査によると「相談相手がいない」男性は女性と比較して約2~3倍高い割合となっています。特に中高年や未婚男性にその傾向が顕著であり、「相談したくても声をあげられない」という現実が浮き彫りになります。



💼 職場という「男らしさ競争」の戦場


「男らしさの呪縛」が最も顕著に現れるのが、職場です。元々、男性と女性で「競争的職場環境を好むか」という点で違いがあり、男性の方が競争的環境やそれによる報酬を好むことがわかっています。リスクの高い行動をとることで、テストステロン値が有意に向上したという実験データもあります。こうした競争環境に晒され、ストレスを感じるのは女性だけではありません。


📈 「男らしさ競争文化」がもたらすもの

組織心理学の研究では、「男らしさ競争」(Masculinity Contest Culture) という概念が注目されています。男らしさ競争とは、組織や集団の中で「男らしさ」を競い合う文化や風土のことです。ここでいう「男らしさ」とは、伝統的な男性性に基づく価値観や行動規範を指し、それを体現・誇示することで地位や評価を得ようとする文化的傾向です。


Berdahlら(2018)によると、MCCは以下の4つの特徴によって構成されます。


  • 弱さを見せない 

    • 感情や失敗、弱みを見せることは許されず、常に強さや自信を示す

  • 強さとスタミナ

    • 体力的・精神的なタフさ、長時間労働への耐性などが重視

  • 仕事第一主義 

    • 家庭やプライベートよりも仕事を最優先することが美徳とされる

  • 競争至上主義

    • 同僚や他者は仲間ではなく競争相手と見なされ、協力よりも勝ち抜くことが重要視される


こうした文化は、さまざまな問題を引き起こします。感情的消耗・バーンアウト、多様性やインクルージョンの阻害、幸福感の低下、競争心が弱い個人の精神的ダメージなどです。結果として、画一的でハイプレッシャーな職場・組織文化を作り出す温床となっています。


またワークライフバランスだけではなく、インポスター感情の増加、所属意識の低下、離職傾向の増加とも関連することがわかっており、人手不足が加速する日本社会において課題の中心といえます。


これらの問題は決して絶望的な未来を示すものではありません。問題を認識することが、解決への第一歩なのです。



🌅 でも、変化は始まっている

暗い話ばかりではありません。少しずつ、確実に変化は起きています。


📱 男性向けメンタルヘルスサービスの充実

テクノロジーの力で、男性が心の悩みを相談しやすい環境が整ってきています。オンラインカウンセリングサービス「マイシェルパ」では、精神科専門医の監督のもと、男性も気軽に相談できる仕組みを提供。Z世代をターゲットにしたメンタルヘルスケアアプリ「emol」は、AIによるデジタルセラピーサービスで注目を集めています。「Awarefy」のようなAIメンタルパートナーアプリも続々と登場し、スマホひとつで心のケアができる時代になりました。何より大きいのは、社会全体で「弱音を吐いてもいい」というメッセージが広がっていることです。


🏢 「男性育休」に対する企業の意識変革

企業側の変化も目覚ましいものがあります。積水ハウスは9月19日を「育休を考える日」として記念日に制定し、「IKUKYU. PJT」という本格的なプロジェクトを展開しています。


サッポロビールでは、男性社員の「収入面への不安」を解消するため、実際の給与を使った収入シミュレーションツールを作成し、2023年には育休取得率100%を達成しました。


メルカリ、あずさ監査法人、東急といった大手企業も「男性育休100%宣言」に参加し、業界全体を牽引しています。


👥パパのつながる場所が活性化

草の根レベルでも、男性同士の新たなコミュニティが生まれています。


NPO法人ファザーリング・ジャパンは、地域活動に参画する男性を「イキメン」と名付けて推進したり、悩めるパパがつながる場所を提供しています。


オンラインでも「パパ育コミュ」には約100名のパパが参加し、育児に励むパパ仲間と情報交換を楽しんでいます。地域レベルでは、横浜市港北区の「あつまれ!パパ友」のような地域密着型のパパコミュニティも活発化。パパも参照できる総合子育てポータル「パパしるべ」といったメディアも登場し、育児をするパパが繋がれるようなコミュニティや場が広がりつつあります。



💭 変化への道のりはまだ続く


このように変化の兆しは見えているものの、「伝統的な男性らしさ」をよしとする文化はまだ根強く残っています。社会全体が変わったといえる状態になるまでには、課題が山積みです。


むしろ若い世代を中心に、「男性は逆に差別されている」と感じるなど、逆行する価値観が生まれていることも事実です。


だからこそ、ひとり一人が「ジェンダー規範とは何か」をよく考え、無意識にジェンダー規範を再生産していないか自問しながら行動することが重要です。気が遠くなるような未来と諦めるのか、諦めずに声をあげ続けるのか。きっと後者でありつづける人が増えるほど、社会が変わっていくものだと思います。



💡 あなたができる小さな一歩


この記事を読んで、何か感じることがあったなら、今日からできる小さなことを始めてみませんか?


  • 体調が悪い時は素直に「しんどい」と言う

  • 信頼できる人に悩みを話してみる

  • 仕事より家族や自分を優先する日を作る

  • 「男だから」という理由で何かを我慢しない

  • 周りの男性が弱音を吐いた時、否定せずに聞く

  • この記事をSNSで感想とともにシェアする


完璧である必要はありません。今日から、少しずつでいいのです。


📝 次回予告


次回は「なぜ男性はジェンダー平等から遠ざかるのか」というテーマで、男性がジェンダー平等の取り組みに対して感じる「脅威」や「不安」の正体に迫ります。


  • 「逆差別」という誤解はなぜ生まれるのか

  • 特権の「見えなさ」という問題

  • 男性性の不安定さがもたらす防御反応


あなたの体験や意見を、ぜひコメント欄で聞かせてください。


一緒に、「男らしさ」から自由になる道を探していきましょう。



🔖 このシリーズについて

「男性にこそ必要なジェンダー平等」は、全5回のシリーズ記事です。


  1. なぜ今、男性にジェンダー平等が必要なのか

  2. 「男らしさの呪縛」が男性から奪うもの(本記事)

  3. なぜ男性はジェンダー平等に抵抗感を持つのか

  4. 家庭とケアから見える新しい男性像

  5. すべての人のためのジェンダー平等へ



📚 参考文献

  • Meeussen, L., Van Laar, C., & Van Grootel, S. (2020). MANdatory - why men need (and are needed for) gender equality progress.

  • 厚生労働省「令和3年度過労死等の労災補償状況」

  • 内閣府「令和4年版自殺対策白書」

  • OECD Family Database

  • Berdahl, J. L., Cooper, M., Glick, P., Livingston, R. W., & Williams, J. C. (2018). Work as a masculinity contest.

  • Erol and Karpyak, 2015

  • OECD and European Union, 2020; WHO, 2020

  • WHO Regional Office for Europe, 2018

  • Erol and Karpyak, 2015

  • Stoll-Kleemann and Schmidt, 2017

  • WHO, 2022

  • Mahalik et al., 2007; Iwamoto et al., 2011; Iwamoto and Smiler, 2013; Roberts et al., 2014; Houle et al., 2015; Wilkinson et al., 2018; Rosenfeld and Tomiyama, 2021

  • Vandello, J. A., Wilkerson, M., Bosson, J. K., Wiernik, B. M., & Kosakowska-Berezecka, N. (2021))

  • WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する(NTT出版) https://amzn.asia/d/g1qRpAC


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