家庭とケアが男性にもたらす意外な効果とは|男性にこそ必要なジェンダー平等 #4
- 沙百合 山下
- 9月4日
- 読了時間: 11分
更新日:9月16日

TBSドラマ「対岸の家事〜これが私の生きる道〜」が話題になりましたね。男性の家事・育児への関わり方や、男性の育休取得のリアルについて、ドラマをきっかけに議論が巻き起こりました。
しかし残念ながら、いまだ男性が家事・育児の担い手として時間を費やすことはまだ少なく、諸外国と比較しても、男性の育児・家事への参画促進は、ジェンダー平等の達成のためにも重要なステップであることが度々指摘されています。
男性の家事・育児を担う時間の少なさは、長時間労働によって引き起こされているものでもあり、個人の意識に訴えかけるだけでは解決するような簡単な問題ではありません。
しかし、令和になり、若い世代を中心に意識が変わりつつあります。「自分も育児の担い手として時間をかけたい」と感じる男性がZ世代を中心に増えてきているという希望を持てるデータも見えてきています。
育児や家事の参画時間が話題に上ることが多いですが、それ以外の領域でも「男性の担い手」が極端に少ない業界が少なくありません。保育士、看護師、介護士、初等教育の教員など、なぜ「ケアの領域」には男性が少ないのでしょうか?
データとエビデンスを基に考えてみましょう。
【目次】
数字で見る、ケア領域における男女比率の偏り
「イクメン」は死語になったのか?
「男らしさの呪縛」がケア参画を阻む構造
「仕事の私」と「男性の私」
柔軟な働き方を求める男性への視線
母親による門番行為が障壁になることも
男性のケア参加がもたらす予想以上の効果
育児に関わることがより高い幸福感をもたらす
男性同士の「思い込み」を解く鍵
最後に:誰もが自分らしく生きられる社会への道筋
次回予告
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📊 数字で見る、ケア領域における男女比率の偏り
私の子どもたちは現在海外の学校に通っており、1つのクラスに3人の先生がつきます。初等教育だけでも25人以上は先生がいますが、9割が女性の先生です。自分の小学校時代を振り返ると、女性の先生が多かった記憶があります。
世界的にも初等教育に明らかに男女比の偏りがあることが分かっています。世界銀行のデータによると、世界の初等教育教員の77%が女性で、男性は3割しかいません。日本でも「看護師=女性」のイメージを持つ方が多いと思いますが、これは世界でも同様で、ヨーロッパにおける人的医療従事者の男性は24%ほどです。
ずっと「なぜだろう」と考えていましたが、この話は決して珍しいことではないことを最近知ることになりました。
🤔「イクメン」は死語になったのか?
「イクメン」という言葉は2025年には死語といってもいいかもしれません。厚生労働省が2010年より推進していた「イクメンプロジェクト」はその名を変えて、2025年より「共育(トモイク)プロジェクト」となりました。
「イクメン」とは、当時は育児に参画する男性が少ないことから「育児に参画するポジティブな男性像」として持て囃されるようになりました。育児をする男性に対するポジティブイメージを推進する上でも必要な言葉でした。
しかし今は「父親が育児することは当たり前」という風潮に徐々に変わり、「イクメン」という言葉は死語どころか「当たり前のことをしている」と当事者からも忌み嫌われるようになりました。
2024年に厚生労働省が行った大規模な調査によると、18-25歳の若年層では、「仕事と育児の両方に熱心に取り組みたい」と答えた男女がほぼ同率となり、育休を取得できることが就職の決め手になるなど、意識の変容が見られています。
しかしながら、諸外国と比べても、日本の男性の育児参画時間は短く、OECD諸国の中でも、韓国に続き、最低レベルです。OECD諸国の中では男女の差に隔たりはあるものの、ジェンダーギャップ指数が高い国ほど育児・家事の参画時間に有意な差があることが分かっています。

日本は戦後高度経済成長期の男女の役割分担が強化され、新卒一括採用・終身雇用といった雇用慣行とも繋がり、共働きが増えてきたにも関わらず、男女の役割分担意識がなかなか改善されてきませんでした。
家事・育児だけではなく、前述したケア職を想起させるような職種に男性が少ないことについて、世界的な研究が進んでいます。その研究を紹介しながら、歴史的背景だけではなく、心理的・社会規範がいかに「ケア領域」から男性を遠ざけるのかを紹介します。
⚙️ 「男らしさの呪縛」がケア参画を阻む構造
なぜ男性は育児や介護、教育といった「ケア」の分野から遠ざかってしまうのでしょうか。実は、男性自身の意識だけでなく、社会や職場、そして家庭内にも複雑な障壁が存在していることが研究で明らかになっています。
まず指摘されるのは、こうした伝統的に「女性的」とされてきたケア領域や役割は、典型的に共同体志向に基づいているということです。どういうことかというと、女性は他者に対して「思いやりがあり」「共感的で温かい」というイメージがHEED分野(健康・教育・幼児発達・障害者支援)の職業観と結びつき、女性が担うべきという社会的価値観が形成されるようになりました。
また、やっかいなことに、男性を主体性、女性を共同体性と結びつけるジェンダー連想が一般的に内面化されていることも分かっています。これらのジェンダー規範は、人生の早い段階で人々の自己概念の一部となり、例えば、親や他者の社会化行動を通じて、少年や男性の関心をHEEDから遠ざける可能性があります。
「仕事の私」と「男性の私」
男性が保育士や看護師、小学校教師といった伝統的に女性が多い職業に就く場合、興味深い心理的葛藤が生まれます。これらの職業では「他者への配慮や共感」といった資質が重要である一方で、社会が男性に期待する「主導性や競争力」とは異なる特性が求められるからです。
この「仕事上のアイデンティティ」と「男性としてのアイデンティティ」の間での板挟み状態は、男性の幸福感や仕事への満足度を低下させる可能性があることが分かっています。結果として、一部の男性は無意識のうちに、こうした「ケア」を中心とした分野から距離を置こうとしてしまうのです。
ケア職に就く男性への偏見もまだ課題として残ります。保育士や小学校教師といった職業に就く男性、または職場で人間関係の調整役を担う男性に対しても、「男らしくない」「頼りない」といった否定的な評価が生まれやすいことが分かっています。最近は教師として働くごく一部の男性が盗撮などの犯罪行為に走ることで、この偏見が加速するのではないかと懸念しています。
柔軟な働き方を求める男性への視線
職場においても、男性がケア的な行動を取ろうとすると、思わぬ反発に遭遇することがあります。柔軟な働き方を求める男性への視線は決して優しくありません。例えば、育児のために時短勤務やテレワークを希望する男性は、同じ条件を求める女性よりも否定的に評価される傾向があることが研究で示されています。「男性なのに仕事よりも家庭を優先するのか」という無言のプレッシャーが存在するのです。

母親による門番行為が障壁になることも
男性の育児参加を阻む要因として見落とされがちなのが、パートナーである女性からの無意識の制止です。これは「母親による門番行為」と呼ばれる現象で、必ずしも悪意から生まれるものではありません。
👨👧👦 男性のケア参加がもたらす予想以上の効果
男性が育児や家事により積極的に関わることで得られるのは、「家族の笑顔」だけではありません。実は、職場全体のジェンダー平等促進や、社会の価値観変化にまで影響を与える可能性があることが、様々な研究で明らかになっています。
🌱 育児に関わることがより高い幸福感をもたらす
育児や家事に積極的に関わる男性は、そうでない男性に比べて人生満足度が高いことが研究で明らかになっています。他者への配慮や共感といった「共同体的価値観」を大切にすることで、より深い充実感を得られるのです。
実際に、育児に参加している父親たちからは「以前よりも幸せを感じるようになった」「日々の小さなことに喜びを見出せるようになった」といった声をSNSでみたことはありませんか?私の周りで「育児に参画することで得た喜び」や、「もっと男性の育児参加を当たり前に」と活動する男性を数多くみてきました。こうした価値観が社会的にも標準化されつつあるといえるでしょう。

少し前まで、男性は「感情を表に出すべきではない」と教えられてきました。しかし、育児に関わることで、この感情の抑制から解放される男性が多いことが分かっています。
子どもと向き合う中で、喜び、驚き、時には不安といった様々な感情を自然に表現できるようになり、感情的な豊かさを取り戻すことができるのです。これは「アレキシサイミア(失感情症)からの解放」とも呼ばれ、男性の精神的健康に大きなプラスをもたらします。
💡 男性同士の「思い込み」を解く鍵
興味深いことに、多くの男性は「他の男性たちはケア的な価値観を重視していない」と思い込んでいることが研究で判明しています。この現象は「多元的無知」と呼ばれ、実際よりも周囲の男性が伝統的な「男らしさ」を支持していると過大評価してしまうことを指します。
ところが現実には、多くの男性が家庭により関わりたいと考えています。学術界で行われた調査では、インタビューを受けた男性の大多数が「家庭により関与したい」と表明し、そのための努力をしていると報告しています。
さらに驚くべき発見もあります。高学歴でキャリア志向の女性は、伝統的な「男らしさ」を重視する男性よりも、ケア志向の強い男性により魅力を感じているという研究結果が出ているのです。男女ともに「男女の役割分担」に疑問を持ち始めているのではないでしょうか。
最後に:誰もが自分らしく生きられる社会への道筋
男性の家庭・ケア参画は、単なる「女性支援」ではなく、すべての人がジェンダー規範の制約から解放され、自分らしく生きるための重要な一歩です。研究が示すように、共同体的価値観を取り入れた男性は、より高い幸福感と豊かな人間関係を築いています。
あなたの周りでも、こうした変化の兆しを感じることはありませんか?小さな変化の積み重ねが、やがて大きな社会変革につながっていくのです。
📝 次回予告
次回が本シリーズ最後の記事です。「すべての人のためのジェンダー平等へ」をテーマに、男性がジェンダー平等のアライになるための課題と効果、なぜ「男性にこそジェンダー平等が必要なのか」を総括します。
🔖 このシリーズについて
「男性にこそ必要なジェンダー平等」は、全5回のシリーズ記事です。
なぜ今、男性にジェンダー平等が必要なのか
「男らしさの呪縛」が男性から奪うもの
なぜ男性はジェンダー平等に抵抗感を持つのか
家庭とケアから見える新しい男性像(本記事)
すべての人のためのジェンダー平等へ
📚 参考文献
Allen, S. M., & Hawkins, A. J. (1999). 母親による父親の育児関与制限(門番行為)の研究
Bakan, D. (1966). 共同体性と主体性に関する心理学的理論
Bareket, O., et al. (2020). 母親のジェンダー役割信念と父親の家庭関与への影響
Block, K., et al. (2018). ジェンダー役割の社会的評価に関する研究
Bosson, J. K., et al. (2022). 男性の主体性と社会的期待に関する研究
Carlson, D. L., et al. (2016). 父親の家庭関与と幸福感の関連
CBS (2022). ヨーロッパにおける男女の労働形態(フルタイム・パートタイム)統計
Chaffee, T., & Plante, I. (2022). 男性のHEED分野への関心の抑制に関する研究
Chaffee, T., et al. (2020). 男性のジェンダーアイデンティティ脅威と職業選択
Croft, A., et al. (2015). 男性の共同体志向行動の障壁に関する理論的レビュー
Damaske, S., et al. (2014). 学術界における男性の家庭関与意識
Eagly, A. H., et al. (2020). ジェンダーとステレオタイプの変遷に関するメタ分析
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Heilman, M. E. (2001); Heilman & Wallen (2010). 職場におけるジェンダーバイアスと評価に関する研究
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Kosakowska-Berezecka, N., et al. (2016b). 男性のケア関与と心理的ウェルビーイング
Le, B., et al. (2013, 2018). 共感的価値観と人間関係・幸福に関する研究
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Martin, C. L., & Ruble, D. N. (2010). 性役割の社会化理論
McBride, B. A., et al. (2005). 父親の育児参加と母親の関与制御
Meeussen, L., et al. (2019, 2020); Meeussen & Van Laar (2018). 男性の育児関与とジェンダー平等への影響
Moss-Racusin, C. A., et al. (2021); Moss-Racusin & Johnson (2016). 男性の家庭関与に対する社会的評価と影響
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Prentice, D. A., & Carranza, E. (2002). ジェンダー規範と役割期待
Rudman, L. A., & Mescher, K. (2013). 柔軟な働き方を求める男性への職場での制裁
Sheldon, K. M., & Cooper, M. L. (2008). 自己決定理論と幸福感
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Van Grootel, S. P., et al. (2018). 男性における共同体的価値観と多元的無知
Vandello, J. A., et al. (2013). 男性の職場における柔軟な働き方への評価
Wolfram, H. J., et al. (2009). 性別役割葛藤と心理的幸福感
World Bank (2023). 世界の初等教育における男性教員の割合
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